骸雲小説2

□夏の夜の夢
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「もうすぐ終わるので、ココアでも飲んで待っていてください」


そう言って慌ててさっきよりハイスピードでペンを走らせ始めると、クス、と微かな笑い声が聞こえた。


「この季節にココアかい?」


「あ…」


夏にココアはちょっとね、なんて言って微笑む雲雀君。
可愛らしい、と言うと怒るからそっとその笑顔を盗み見て記憶に焼き付ける。
どうしてこんなことをしてしまうのかは自分にもわからない。
でも、なんだかこの時間が、この雲雀君の表情がとても愛おしいから。
愛おしすぎて、なんだか儚いもののように思えて仕方がない。
いつか、僕の目の前から消えてしまうような、もしくは、僕が。


僕が消えるのか。





「骸も飲むかい?」


ゆっくり振りかえった雲雀君の手元のものを見て、暫く絶句した。


「それ、日本酒じゃないですか!こんな夜にダメですよ」


こんな夜更けにアルコールなんて、冗談じゃない。
しかし時は既に遅かったらしく、雲雀君の右手にはグラスが握られていてその中には琥珀色の液体が半分ほど注がれていた。
慌ててガタンと椅子から立ち上がって、酒瓶をまた傾けようとした雲雀君の右手を掴んだ。


「少しくらい、いいじゃない」


雲雀君は少し強いくらいの力を加える僕の気迫に驚いたのか、怯んで僕の手を振り払おうとする。
僕はその細い手首を掴んだまま引き寄せて、胸の中へ閉じ込めた。


「むく、ろ」


胸に押し付けられて雲雀君は少し苦しそうに声を上げた。
それでも僕は雲雀君を離さず、首の後ろに回した手でそっと黒髪を撫でた。
腕の中でおとなしく収まる雲雀君からは微かなアルコールのにおいがして、なんとなく病院を思い起こさせた。


「むくろ…」


既に少し呂律の回らない口調の雲雀君に愛おしさが込み上げる。


「もう、酔ってるんですか?」


クス、と笑えば雲雀君もふふ、と笑い声を洩らした。


「酔ってないよ」


そう言うと雲雀君は突然僕の体を強く押し返し、僕はバランスを崩してよろける。


「酔ってるじゃないです、か」


そのままもつれるようにソファーの上に倒れこむ。
押し倒された、と気付いた時には雲雀君は目を開き僕の目を見つめたまま、唇をそっと僕の唇に重ねた。
じっと僕を見つめ続ける雲雀君の瞳は少しだけ潤んでいて、悲しいほどに美しかった。
そのまま水気を含んだ柔らかな唇が角度を変えて何度も合わせられる。


「少し、酔ったみたいだね…僕らしくもない」


ふ、とため息をつくと、雲雀君は切なげに目を細めた。


「ずっと一緒に居られたら幸せなのにね」


僕の胸にぴたりと体を押し付けた雲雀君はぽつりとそう言うと、安心したように寝息を立て始めた。
小さな寝息と、時計の音だけが静かな部屋に響く。


「願わくば」


長い睫毛をそっと撫でると笑みが洩れた。
こんなに愛しいものを、かつて僕は見たことがあっただろうか。
こんなに愛しいと、思った人がいただろうか。


「この時がずっと続きますように」


永遠を求めるのは、果たして罪なのだろうか。
ずっと一緒にいたいと願うのは、罪だろうか。

しかし、例え罪であっても。

僕はそれを求め続けよう。
君が望むのならば、どこまでも、いつまでも、求め続けよう。
永遠、を。


「おやすみなさい、雲雀君」


願わくば、未来をずっと君と共に。




Fin.
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