骸雲小説2

□囚われの姫君
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「骸…」


奥のカーテンからそっと恥じらうように出て来た恭弥を見て、思わず骸は呼吸を止めた。

赤いドレスがの肌の白さを引き立てまるで大輪の薔薇の花のようで、恭弥の周りはぱっと明るく華やいだ。

今まで外にでなかった恭弥は、汚れがなく、どこまでも清らかだった。


「恭弥…似合いますよ」


骸は感嘆のため息を吐き出し、恭弥に見とれた。


「…ふん」


ふい、と骸から赤らんだ顔を背けると、恭弥はすっかり暗くなり、騒がしくなり始めた広場へと歩き出した。


「…恭弥」


低い声で名前を呼び、振り返った恭弥をまた抱きすくめ、顔に銀の仮面を押し当てた。


「今日は何もかも忘れて、踊り明かしましょう…」


すこし寂しげな憂いを含んだ表情の骸に、恭弥は胸が痛んだ。

一夜限りの儚い夢だと分かっていても苦しい。

いっそ、このまま夜が明けなければいいのに、そう願わずにはいられなかった。


「さあ、僕の…姫君」


恭弥の指をすくい取ると、骸は早いステップで踊りの輪の中に入って行った。

人々の輪の中で踊る恭弥は生き生きとしていて、近くで踊っているどんな貴婦人よりも美しく、誰よりも輝いて見えた。


「外の世界にこんなに綺麗な世界があったなんて知らなかった…」


「綺麗…ですか?恭弥の方がはるかに綺麗、ですよ」


クフフ、と笑って甘く囁けば、うつむく黒髪が愛しい。



二人の体は密着し、ターンをする度に寄り添う骸の唇が恭弥の頬に触れた。

恭弥は、その微かにかすめていく熱が愛しくて手放したくないと思った。







しかし、どんなに楽しくても時間は無慈悲にもやってきてしまう。

それだけは避けられない、残酷な事実。


「恭弥、帰りましょうか…」


夜も明け方へと近付き、だんだん空が白み始めた頃、骸がぽつりと言った。


「もう…?」


「そろそろ帰らないと、恭弥がいなくなったことがわかってしまいます」


そう言って骸は名残惜しそうに恭弥から体を離した。


「嫌だよ、僕も…連れて行ってよ」


僕をさらって行ってよ。

弱々しく囁いて涙を流す恭弥を骸は強く抱き締め、柔らかな黒髪を撫でた。


「必ず…君を迎えに行きますから…待っててください、恭弥」


切ない声で言う骸の言葉に、恭弥は頷くしかなかった。

今、彼を連れて二人でどこか遠くに行けたらどんなによいか、と骸は思った。

でもそんな事をしても、生活などしていけない。

だから今はこうするしか方法はなかったのだ。






「これは君が、預かっていてください」


別荘に送り届けた骸は、別れ際に銀の仮面とドレスを恭弥に渡した。


「僕と君との、約束の証です。そして今晩のことを、君が夢だと思わないように」


そう言ってかすかに微笑み、何か言おうと口を開いた恭弥の唇に素早くキスを落とした。

涙で濡れた唇に胸が苦しく締め付けられる。


「愛しています」


その言葉だけを残して、骸はあっという間にテラスから消えて行った。


「僕、も…」


恭弥の声は骸には届かず、愛しい明け方の空気を震わせた。


「ずっと待ってる、から…」


ぎゅっと銀の仮面を抱き締め、恭弥は清らかな涙を一粒流した。





Fin.
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