骸雲小説2
□囚われの姫君
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「こちらへ、恭弥」
骸は恭弥の手を取って夕闇の中をまるで風のように 駆け抜ける。
夜の匂いと人々のざわめきが恭弥に襲いかかった。
「骸、どこまで行くの?」
息切れをしながら途中で恭弥が尋ねても骸は答えなかったが、あちらこちらにいるきらびやかな服装の人々の人込みに紛れ込むと、骸は足を止めた。
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
「何?」
「外の世界へようこそ、囚われの姫君」
芝居のような身振りで骸は恭弥の手を取って白い手の甲にキスをした。
恭弥は頬を赤らめ、骸に微笑んだ。
「ありがとう」
不意打ちのように恭弥から漏れた微笑みに骸は思わず赤く染まった頬にそっと口付けて抱き寄せた。
「…骸?」
驚いて慌てて恭弥は体を離そうとしたが、骸はしっかりと抱き締めて離そうとしなかった。
「可愛いですね、君は…」
蟲惑的なまなざしを向ければ、密着した恭弥の動悸が高鳴るのが服越しに伝わり、骸は嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば、君の衣装も買わないといけませんね。そんな格好では…いけませんから」
「だめなの?」
慌てて出て来たために、恭弥は白の部屋着にガウンを羽織っているという格好だったが、部屋にしかいたことがない恭弥はどこがいけないのかわからない。
「普通は部屋着と外に着て行く服は区別するものなんですよ」
骸は優しく恭弥に言うと、その手を引いて近くの仕立て屋に誘った。
色とりどりの布や服の並ぶ店内で、恭弥はあまりの色の多さに目眩がして呆然と立ち尽くした。
「…僕、お金持ってないよ」
恭弥は、あまりにも自分が場違いのような気がしてぽつりと呟く。
産まれてからずっと、欲しい物は与えられて来たが、一度もお金というものはもらったことがない。
外に出ないので、必要がなかったのだ。
「大丈夫です、僕が出しますよ。やっと君に恩返しができそうな機会に巡り逢えたんですから」
喜々とした表情で骸は言うと、「どれが似合いますかねえ…」といいながら辺りを物色し始めた。
「ねえ、ここって女みたいな格好しかないんだけど」
ウィンドウや衣装箪笥の中にはレースやフリルのたくさんついた、メリンスのドレスが並んでいるが、男物は見当たらない。
「もちろんです、恭弥はドレス着るんですから。…どっちがいいですか?」
右手に紫、左手に赤いドレスを持ってにっこり微笑んだ骸に恭弥は殺意を抱いた。
「着ない、やっぱり帰る」
ふいと顔を背けて店を出ようとした恭弥を骸は後ろから包み込むように抱き締めた。
ふわりと骸から香った淡い薔薇のような香りの香水に恭弥の心臓は跳ねた。
「君が可愛いから…見てみたいと思ったんです、すみません」
耳元で囁かれる骸の声に背筋がぞくりとして、恭弥は体を固くする。
「ちゃんと男物仕立てますから、行かないでください、ね?」
「嫌だ」
くるりと体を反転させて恭弥は骸の胸をとん、と突いた。
「恭弥…」
「赤がいい」
傷付いたような顔をした骸に恭弥は顔を赤らめてそう告げた。
骸は一瞬ぽかんとした表情をしていたが、理解した途端に満面の笑みを浮かべて少し頬を染めた。
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