骸雲小説2

□読書家の彼
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「それ、読み終わったら貸してくれませんか?」


「え?」



物思いに耽ってさっきからページが全然進んでいない。


そこに振って来た柔らかい声。



「君はこの前の…ミヒャエル・エンデの本の」





彼が僕の顔を見てにっこりほほ笑んで言った。



信じられない。



また、彼と話せるなんて。




それから、僕のこと、覚えてくれていたなんて。



「外国児童文学、好きなんですか?」



僕の本を指さして言う。



「え、ううん…」



動揺して、うまく会話ができない。



「それ、ロード・オブ・ザ・リング。僕、大好きなんですよ」



とっさに取った本は、トールキンという人が書いた本。


正直僕は全然興味のないジャンルの本だった。


でも表紙をじっと見つめて考える。


彼は、この本が好きなんだ。


彼の知らないことをまた一つ、知れた事が嬉しくて自然と頬が緩む。



「君は…そうやってよく本を見てじっと考え込んでいますね。何を考えているんですか?」



「君、何言って…」



「僕に、教えてください。どうして本を読んでる時にあんな真剣な顔をしているんですか?」



眼鏡の奥の目が、出会った時のように僕を射た。



「考え事…してるから」



「考え事、ですか?」



「好きな人の事、考えてると…」



「好きな人、ですか」



何言ってるんだろう、僕は。


はっと気付いた時には口走っていた。


好きな人、なんて。


彼はそんな事聞いてないのに。




そう思ったら顔が赤くなった。



「何でもないっ…忘れて」







うつむいていた顔を上げれば、真近に迫るオッドアイ。


反射的に目をつぶった。



そして。


そっと軽く唇に触れるだけのキスをされた。


ぎゅっとつぶっていた目を開けると、真剣な顔で見つめる彼の姿。



「君、何するのっ…!」



思わず大きな声を出そうとした僕の唇に、とん、と指を押しあてられた。



「好きです」



「は?」



「僕は君が好きですよ。出会った時から」



「…意味分かんないよ、だって君は僕の名前なんか知らないでしょ?
毎日、ここに来てたのに、今日まで話しかけてこなかったくせに、好きなんて信じられないよ」



僕の言葉に、彼は少し頬を赤くしてうつむいた。



「本当は出会った時から君の事が気になって…それから毎日この図書館に来るたびに君の事、目で追うようになっていて…でも僕みたいな、冴えない奴が話しかけていいものかって、ぐじぐじ悩んでしまって。
なんて、言い訳で話しかける勇気がなかったんです。
それでも、今日、勇気を振り絞って君に話しかけたんです。
でも、君は好きな人がいる、なんて言うから、焦ってしまって。
すみません…嫌でしたよね、こんなこと」



勢いよく頭を下げると、彼は歩きだそうとした。



「待ちなよっ…」



僕は深緑の制服の裾をひっぱった。



「勝手に完結させないでよ、僕の気持ち」



「え?」



「好きな人って、君だよ馬鹿ッ…!名前も知らないけど初めて本っ取ってくれた時からずっと…」



そこまで言うと、彼はそっと僕の手を引いて自分の胸の中に僕を閉じ込めた。



「これから、少しずつ、知ればいいじゃないですか」



「うん」


こくんと頷くと優しく背中を撫でられた。


夕暮れの図書館。


本棚の後ろで、彼の温かい腕の中。



名前もまだ、知らないけれど。



君の事なんて少ししか知らないけど。


それでも僕は君が好きだ。


これからは毎日、手を繋いで。


ゆっくりゆっくり帰ろう。






Fin.
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