骸雲小説2

□読書家の彼
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いつもの図書館。


夕暮れの匂い。


彼の足音がするまで、あと五分。



読書家の彼



今日も懲りずに並盛の図書館に足を運ぶ。


別に僕は本が好きなわけじゃない。


でも、本よりも好きなものがここにはあるから。



図書館の入り口を入って、本棚に隠れるように置かれた赤いふかふかしたソファーに腰掛けた。


このソファーは僕の定位置だ。


時間を見れば五時。


そろそろかな、と手近にあった本を慌てて引き寄せた。



ぱた、ぱたとゆっくりした足音が僕の前を通り過ぎて行く。


僕は本を持ち上げて、顔を隠してちら、とその人を見る。


藍色のさらさらの髪。


日本人離れした綺麗な顔立ち。


宝石のような色のオッドアイ。


そう言うと見た目はいいように聞こえるけれど。


彼は髪はぼさぼさで、顔を隠すように眼鏡を深くかけている。


その上、いつも手には本。



ぱっと見、ただの本好きの根暗。



でも僕だけが知っている彼は違う。


ある休日に暇つぶしに来た市の図書館で、僕は柄にもなく児童ファンタジーの本を手に取ろうとした。



ミヒャエル・エンデの「果てしない物語」。



赤い大きな背表紙がきらきら光って見えたから、手に取ってみたくなったんだ。


でも、本は高い所にあって届かない。


こういう時、背が低いっていうのは悔しい。


背伸びをして、必死で手を伸ばして本を取ろうとしたけれど。


やっぱり届かなくて、がっかりして手を降ろした。




その時。



「これ、ですか?」



後ろから誰かが僕の届かなかった所に手を伸ばして本をするりと抜き取った。


あんまり軽々と取るからちょっとむっとして振りかえると。


射るような色違いの目があった。



「ありが、と」



後ろから抱きしめられるような格好で本を取ったから、顔が近い。



「どういたしまして」



ちょっとはにかんだように笑って彼は歩いて行った。




あの色違いの目が射るように僕を見た瞬間、僕はもしかしたら彼に恋をしてしまったのかもしれない。


あんまりにも澄んだ目をしていたから。


それから僕は、気付けば毎日放課後に図書館に来てそっと彼を本の隙間から見るようになっていた。



なんだか女みたい。



そう思って滑稽にも思えるけど。


夕暮れの図書館で、細い指でページをめくる彼の目が、時々優しく細められたり、少しうるんだりしているのを見た時、なんだか幸せな気分になる。


他の誰も知らない彼を僕だけが知っているような、そんな幸福感。



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