逃水の宴
□サイト一周年企画
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[[ドミナの町へ-詩音]]
ドミナは相変わらず心地好いほどに賑わっている。
町を行く人々の合間をすり抜けるように歩くのは、苦手。でも、今日は別だった。
「おねえさまっ、こっちです!」
「はやくっ」
私の右手を、白い小さな手――真珠姫が。左手を、力強く引張るエメロードが。
二人が居たから。
為すがままにされていた私は、けれど不意に意識して足を止めた。つられて二人も止まり、不思議そうに此方を振り向く。
「おねえさま?」
「詩音さん?…あっ」
私の視線の先に、エメロードも気付いたらしい。
そこには紛れてしまうような小さな露店。
「わあ、かわいい!」
しゃがみ込む真珠姫に、エメロードも覗き込む。私も視線をやりながら、どこか近い過去を思い出していた。
あの日もこんな春の日だった。
「…あ」
「おや?…ああ、」
声を上げた私に、視線を上げた店主が何かに気付いた様に笑みを浮かべた。
人当たりの良い笑顔を。
「この前…だいぶ前か、はどうも」
「…覚えて、たの?」
「そりゃあ。こんな小さな露店、立ち寄る人は少ないからね」
春の花の様な会話を弾ませる真珠姫とエメロードを視線の端に、店主は笑う。
此方まで誘うような優しい其れで。
「嬉しいね、まだ持っていてくれたんだ」
少し恥ずかしかった。
いつもとは違う首筋の感覚。真珠姫たちが面白がって、懐かしいそれを引っ張り出して来たのだ。
青いターコイズの髪飾り。
纏め上げられた髪は、落ち付かない感覚。
「良く似合っているよ」
「…有難う」
何故か羞恥に耐えきれず、私は視線を下した。
そこで何気なく飛び込んだ、春の緑。
「…これ、」
「ああ、それは、」
「エメラルド」
「そう、幸せを呼ぶ石だよ」
春の青い空に映える、濃い緑。それが何となく、あの人を思い起こして。
気が付けば、私はそれを手にしていた。
「…これ、幾ら?」
紙に包まれたエメラルドの首飾り。
其れを渡すときに店主が口の端を上げて、
「彼氏に宜しくな」
なんて言ったから、
「…彼氏じゃないんだけど」
そう言い返したけれど、照れにしか聞こえなかったかも知れない。
大変不名誉だったけれど、どうしようもないので誤解されたままだった。
「君にも幸せが訪れますように」
「…ありがとう」
詩音ED.