逃水の宴

□08残暑見舞い
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[[どこへ行く?]]


▼木陰へ
▼海岸へ
▼家へ





[[木陰へ-セレスタイン&ラズベリル]]


「暑くないの?その鎧」
「暑いよ。だから兜を脱いでるんじゃないか」


それでもゴツい青い竜騎士の鎧を着て、汗一つ書かない己が騎士を見、ラズベリルは呆れたように息を吐く。


「ラズベリルは、暑い?」
「……暑いわよ」
「だから珍しく、髪上げてるんだね」


セレスタインの指摘したとおり、今日のラズベリルはいつも流しているシュガーピンクの長髪を高く結っている。
見慣れぬ姫の姿に、セレスタインは思わず凝視してしまう。


「……そうよ。………似合わないとか、分かってるから」
「ううん。似合ってるよ」


にっこり、微笑んで言われたその言葉に、ラズベリルは恥ずかしくて思わず顔を反らした。
その赤い玩具のような瞳が揺れていて、セレスタインは吹き出しそうになるのを堪え、ラズベリルの背後に回った。


「っきゃ……ちょっ、セレ…何?」


その赤いリボンを解けば、一つにまとめられた髪は散る。
突然の感触とセレスタインの行動に困惑するラズベリルのその髪を彼は平然と梳くのだ。


「僕も結ってみていい?君の髪」


その心地好い感覚と彼のあたたかな声音に、ラズベリルは顔を真っ赤にして。


「好きに、すればっ」


夏の暑さだけじゃ無い。


▲上へ



[[海岸へ-葡萄&フラメシュ]]


「んー、やっぱり海は暑いですねー」
「だったら来なかったら?」


フラメシュは本当は来て欲しいくせに、思わずそんなことを言ってしまうのだ。


「あはは。でも僕、他に行くとこ無いですから」
「じゃあ、我慢しなさいっ」
「はい、我慢します」


その言葉のとおり、砂浜に腰掛けてジリジリと直射日光を浴び続ける葡萄の姿に、フラメシュは今度こそ呆れた。
汗が頬を伝っても動こうともしない彼に痺れを切らし、フラメシュはその魚の尾で水を叩いた。


「わぷっ!?」


跳ねた水が葡萄の顔面を直撃して、その漆黒の髪が濡れ羽色に変わる。
驚いた葡萄は何も言えないまま、ごしごしと袖で顔を拭う。


「なっ、何するんですかーっ」


彼が言った瞬間、またフラメシュの尾が水を弾く。
それもまた顔面に受けて、葡萄は今度は閉口した。


「悔しかったら、あんたもあたしに水引っ掛ければ?」


そう挑発的に言ったフラメシュに、葡萄は情けなそうに口を曲げ。


「……僕、泳げません」


その言葉に、フラメシュは声を上げて笑った。


▲上へ




[[家へ-ムーン&リュミヌー]]


「夏の夜は蒸して地獄だわ」


それはもう、溶けそうなくらい。
ムーンはランプの作業台にへばり付くように伏せて、ぐったりとしていた。
窓を開ければいいのだが、ランプの光に寄せられて虫が入ってくるのが嫌だ。


「こんばんは、ムーン………何やってるの?」
「…あら、リュミヌー」


作業室の扉を開けてやってきた、仕事仲間の鳥乙女リュミヌー。彼女はまず、この部屋に満ちる熱気に顔をしかめ、それから暑さにダレるムーンに目を留めた。


「……ねぇ、やっぱり、空調機を付けるべきだと思うの」
「そうね、私も思うわ」


手でぱたぱたと仰ぐそれも力が入っておらず、そして大して風は来ないのだろう。
ムーンは、普段のしっかりした彼女の姿とは考えつかない程にだらけていた。
彼女に憧れてランプ屋を始めたというリュミヌーは、極力そんな彼女を見ないようにして、持参したバケットを作業台に乗せた。


「何?これ」
「お中元」
「お酒?」
「……違うわ」


ああそう、とムーンは力無く応える。
今までのリュミヌーの中のムーン像が、音を立てて崩れさっていくのを感じながら、リュミヌーは中身を取り出す。


「素麺」
「………いらないわ」


即答だった。


「……何でよ?」
「…だって…みんなみんな、お中元と言ったら揖●の糸なのよ?
 もっとこう、他にもあるでしょ?お酒とかお酒とかお酒とか」


最早リュミヌーの中に、ムーンは存在していなかった。
目の前に居るムーンはムーンでありながらムーンでは無い。どこかの酒好きの引き篭もりだ。
どんっと素麺を叩きつけるようにムーンに押し付けて、リュミヌーは部屋を出ていく。


「それじゃあね、ムーン。体調に気をつけて」
「ありがとー」


リュミヌーは笑顔だったが、内心は崩壊していた。

ムーンの家を出てから、彼女は夜空に向かって叫ぶのだ。


「…夏の……夏の、ばっかやろーー!!」


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