逃水の宴
□08残暑見舞い
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[[川へ-スピカ&ヘリオドール]]
「信じらんない…」
ヘリオドールはぐったりと、そう呟いた。
散歩に行きませんか?珍しく早起き(と言ってもほとんど昼に近い頃)のスピカに言われ、思わずヘリオドールは頷いてしまった。
しかし今、炎天下の川辺で、ヘリオドールは木陰に座り込んで熱い息を吐いている。
「…なんで散歩のコースが、こんなとこなのよ…」
さらさらと目の前に流れる川。それからどこまでも広がる青い空。
それだけ。それ以外にヘリオドールの背後の物以外に木一本も生えていない、そんなところ。
「一緒に来ると言ったのは、貴女ですよ?」
「……こんなとこなら、来なかったわよ」
恨めしそうに見遣るヘリオドールに苦笑して、スピカは持っていた釣竿を引き上げた。
温い水が、散る。
「…何か釣れた?」
「いいえ、何も」
「…楽しい?」
「それほどでも」
ヘリオドールは深く息を吐いた。
その時、すうっと通り抜けた風が彼女の金の髪を流し、攫っていった。
「…あたし、あなたが分からない」
「私も、自分のことなんて分からないですよ」
「何よそれ」
スピカが振り返った瞬間、彼の虹色の髪がきらりと光る。
ヘリオドールは思わずそれに見とれて、だから彼がこちらへ来るのに気付けなかった。
「貴女の髪は、真夏の太陽みたいですね」
ヘリオドールは、スピカに自分の髪に触れて貰うのが好きだった。
けれどそれは恥ずかしくて、さり気無く逃げるように。
「…そろそろ、帰りましょうか」
いつの間にか、東の空が夕闇に包まれていた。
風も少し涼しくなっていて、ヘリオドールは帰るのが勿体無い気がしたが、彼の言葉に従って立ち上がった。
「あ」
「…どうか、しましたか?」
彼女の、視界の端を横切った光が。
「……ラブ、ねぇ、あれ」
そちらを見たまま、ヘリオドールは呆然とつぶやく。
彼女の視線の先の光は、ひとつまたひとつと、どんどん増えて。
「蛍、ですね」
沢山の光が舞って、そこはまるでここではない幻想世界。
ヘリオドールは、今だけ、少しだけ、思った。
「…きれい、ね」
「そうですね」
「そうじゃなくて」
「?…何がですか?」
「……私もっ……ラブの髪が、…好きなのよ…?」
瞬いて此方を見る彼の髪は、蛍の光に照らされて虹色に。
「…ラブの光色の髪が、すきなの」
それだけ。今のヘリオドールにはそれだけ、やっと言えた。
「有難う、ございます」
彼の横顔が少し赤かったのは、気のせいだろうか。
☆始まっちゃったかもしれない恋物語。