逃水の宴
□しあわせの猫
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一体、いきなり現われたこいつは何なのだろう。
抵抗もせず寧ろ嬉しげな村雨を抱え上げて、無駄に笑みを振りまいて。此方を見向きもせずに喋る。
「村雨ー」
「……おい」
「むらさめー。あ、お腹痒いの?」
「…おい」
「あはは、届いて無いって」
「おい」
三度目の呼びかけに、奴はようやく此方を向いた。その手の村雨は離さず。
村雨も村雨で、奴に良い様にされている。いや、村雨も進んでじゃれている。
なんとなくそれが苛付いて、いや何に苛付いているのかも分からず、俺は声に籠る感情を抑える。
「なに?」
「…お前。何しに来たんだ?」
その問いに、奴は「ああ、そっか」とその時はじめて用件を思い出したかのような顔をした。
それからそっと村雨を下ろして、やっと体をも此方へ向ける。
にっこりと、雲ひとつない青空のように吐気のするほどの笑顔を浮かべて。
「君を連れ戻しに来たんだよ」
「は?」
何を言っている?大体俺はこいつなんて知らない。ちらりとも見たこともない。
「君、ここのところずっと五限目の授業出てないでしょ。それで俺が…」
「…待て。そもそも俺はお前を知らん」
事実を率直に言えば、奴は何故か悲しそうに眉を歪めた。ただしそれは、わざとらしく。