逃水の宴

□07クリスマス企画
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詩音は二三度、瞬きをした。
ここにあるはずのないその赤い箱を見て、数秒固まる。それから何かに思い当たったのか、緩慢な所作で手を伸ばした。

丁寧に包装紙を剥がしてゆく。抱えるほどの大きさとは裏腹に、重さはそれほどでもない。
剥がし終えた包みを、丁寧に折りたたんで小卓へ乗せた。
そしてそっと箱を開ける。

「………くま」

敷き詰められたクッション材に埋もれた、詩音の腕にすっぽり入ってしまいそうな。
柔らかな茶の色の、テディベア。

瞬きをして、暫く放心して。
そっと、抱きしめた。

暖かくてやわらかくて、それはあの人を髣髴とさせる。
だから詩音は、そっと呟いた。

「…ありがとう、風璃」

小さな子供に送るような、大きなテディベア。それは変に詩音には不似合いで、けれど嬉しかった。

差出人の名が書いてあったわけでも無く、詩音が知っていたわけでもないが、確証出来た。
そして小さな頃を思い出す。あの頃も、風璃の贈り物はくまの縫い包み。


 
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