夢巡り
□古い絵本をあけて
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銀(しろがね)の軌跡が疾った。其れは弧を描き、再び新たな軌跡を生む。
それから何かを弾く音。足元に返って刺さった其れは一本の矢。只の、矢。
土を踏む音。風は木々を揺らし、翼を休めていた、名も知らぬ鳥を混乱へ導き、辺りは一瞬ざわめきに満ちた。
ふう、と息を吐いて、青年は右の手に提げた剣を鞘に収めた。
それに準じる様に、青年の前に微かな音を立てて現れた少女もまた、構えた弓を力なく下ろした。
暫し、静寂に埋もれた沈黙。
或いはそれは一瞬だったかもしれない。或いはそれは随分と長い時間だったかもしれない。
「…なぁ」
口火を切ったのは青年だった。
目を細め、遠くを見据える。
「お前は俺とダナエ、どちらにつくつもりだ」
「………」
「…別に今どうしようとは思わないが」
閉口する少女に、付け足すように青年は言った。
「今…は、まだ、わからない」
それはこの熱帯雨林には不似合いな、涼しげな声だった。
少女の翠玉の瞳は、青年ではなく、ジャングルではない何処か遠くを映していた。
「後悔したくないと思ってる。だから、今はまだ、決められない」
「何故そこまでして関わろうとする?」
今気付いたというように、少女は瞬いた。その様子に青年は呆れた様な視線を向ける。
「……」
それから小さく笑い出した彼女に、訝しげに眉を寄せる。
ごめんなさい、とおざなりに謝ってから、少女は口を開いた。
「…前にも一度、そんなことを訊かれた事があって」
青年には知る由の無いことだったが。
「最初は…ダナエに付き合ったのは、只の好奇心。でも、それからは違う。ううん、少しはそうかもしれない…けど、放って置けなくて」
「お人好しというやつか」
「そうかもしれない」
まるで其れを初めて認識したかのような少女の様子を、青年はじっと見つめていた。
頬を撫でるのは温い風だが、汗ばんだ体には涼しく感じる。
「けど、私は私の意志で此処にいる。そして、もう後には退けない」
そうして少女は目を閉じた。
「お前が例えどうなろうと?」
其の言葉に含まれている意味を。
返答は少しの沈黙の後だった。