短め2('12/4/1〜)

□『kisses』
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おかしな時間に目が覚めてしまった。

まだ、夜が明ける気配もない。

目を閉じても、どこかに行ってしまったらしい眠気はなかなか帰ってこない。

寝なおしたいのに、うまくいかない。

それなのに、主人が眠れないというのに、その執事ときたらそんなことなどつゆしらず、僕を背中ごと抱え込んで、ぐっすりである。呑気なものだ。

ゆったりと回された腕の中でこっそりと寝がえりを打って、セバスチャンの正面におさまる。

これは多分、寝ている。

いや、きっと寝ている。

絶対寝ている。


悪魔のくせに。

僕の隣で眠るのが、楽しいらしい。

幸せだとも言っていた。

結構なことだ。

せいぜい僕の隣で寝呆けていればいい。

悪魔らしくなくなればいい。

僕にとっても、それは幸せだ。

こんな風に寝顔を眺めているのも、幸せだし、嬉しい。

セバスチャンも同じだと言う。

その言葉が、どうか全て真実であるようにと願ったりするのだから、僕も相当だ。



それにしても、こうも気持よさそうにすやすやと眠られると、いたずら心が首をもたげてくる。

いたずらは楽しいものだ。

相手が寝ていると、輪をかけて楽しい、気がする。

でもあまりやりすぎると起きてしまうし、加減が難しい。ただでさえ相手はこの男なのだから。


しかし、これはまったく矛盾する話なのだが、ずっと起きないでいられるのも癪だ。

さっさと起きて、自分に構えと思ってしまう。

寝顔も見たいが、構ってもほしいのだ。迷惑な話である。

でもこいつは執事で僕は主人なんだから、大抵のわがままは許される。

というか、許させる。

主人のわがままに恋人としてのわがままもふりかけてやるんだから、当然だ。

だって、触れたいし、見ていたいし、どっちもしたい。

それくらい、僕はこの男の事を、そういう風に見ている。

そんなことをかんがえていると、なんだか、いたずらより、寝顔を見るより、どうしようもなく、キスがしたくなった。

僕の何もかも全て満たしてくれる、口付けが欲しい。



「セバスチャン」



吐息だけで、名前を読んだ。
黒く長い睫毛が、かすかに揺れる。



ひとつ。
額に。


ふたつ。
鼻に。
男の目がそっと開いた。


みっつ。
唇に。
男と目があった。


よっつめは舌でもいれてやろうかと思ったが、そうする間もなく組み敷かれて、抱き締められる。その体が、重たくて、あたたかくて、ほっとする。


「やっと起きたか」

「……やっともなにも、真夜中ですよ、坊ちゃん」


掠れた声。寝起きだけに聞こえるこの声が、僕は、たまらないほど好きだ。


「目が冴えて、眠れない」

「羊を数えても駄目でしたか?」

「自分で数えるなんて面倒だ。お前がやれ」

「ええ、貴方の為なら星の数ほどでも数えて差し上げます。ただ、この調子だと、私が先に眠ってしまいそうです」

「僕が眠れないと言ってるのに。なんて執事だ」

「とても良い夢をみていたので、少し夢うつつなのかもしれません。ああ、もちろん貴方の夢ですから、拗ねないで下さいね」

「拗ねてない」

「拗ねてますよ。それとも、このむうっと尖らせた唇は、更に深いキスをご所望なのでしょうか」


言葉を返す暇もなく、深く舌を差し込まれる。

ゆっくりと、お互いの口内を味わうキスは、まさに「ご所望」通りだ。

あらゆる角度から、息の上がらない程度で、お互いを奪い、与えあう。

ひとしきり堪能し、唇が離れると、


「夢の中の貴方も、先程の貴方のように、私にかわいらしくキスをして下さいました」


男は嬉しそうにそう言った。


「……まだその話か」

「だって、夢だと思っていて、目を覚ましたら本当に貴方がキスを下さっていたんですよ。あまりに素晴らしいことで、これでしばらくはどんな無理難題でも軽くこなせそうな気がします」

「安い男だな」

「そうですか?私にはこの上無い至宝です。ちなみに、坊ちゃんの夢の中には、私は登場させて頂けないのでしょうか?」

「たまに出てくるぞ。たいてい、僕の手を鞭で連打して喜んでいる」

「それはまた……。その節は貴方にいらぬトラウマを植え付けてしまいましたね。失礼いたしました」

「思ってもいないことをよく言えるものだ」

「まあ、鞭は良いとして、叩く場所に色気がありませんね」

「……そんな趣味に付き合わせたら、こっぴどく振ってやる」

「それは困りますね。けれど、私は意外とノーマルですから、ご心配には及びません」


自身たっぷりににっこりと微笑んでいるが、あれやらそれやらは、ノーマルに分類するんだろうか。

いろいろと思いだしそうになって、やめた。


「坊ちゃん。おしゃべりも結構ですが、そろそろお休みになったほうがよろしいかと」

「眠くならない」

「大丈夫ですよ。すぐに眠くなります」


そう言うとセバスチャンは、僕の頭を撫でながら、とんとんと背中を叩く。

まるで赤ん坊にするように。

幼児扱いに憤慨したいところだが、残念ながらこの威力は抜群だ。

魔法か何かじゃないかと疑うくらいに。

現に、もうすでに、眠い。

目を閉じれば夢の中へ急降下出来る自信すらある。

僕は、これもこの男のひとつの魔力か何かだと思っている。

そのくらい、強力に僕を安心させて、眠りに誘う。

うとうととしながら、大きな胸の中に潜り込むと、セバスチャンは僕の額にキスをしながら、


「今度は、私が貴方の夢にお伺いして、たくさんキスを差し上げますからね」


お約束します、と言った。

セバスチャンは約束を違えない。

きっと幸せな夢が見られる。

もし万が一そうならなかったら、今度はセバスチャンの手に鞭をくれてやればいい。

朝が、とても楽しみだ。




end




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