短め1('09/4/14〜'12/3/31)

『つめを、きる』
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「大分伸びてしまいましたね。」

林檎の香るフレーバーティーを啜っていると、スイーツの食器を片づけながら、執事が僕を覗き込んだ。

「髪なら、先週切ったばかりだぞ。」

「いいえ、御髪の話ではなくて。」

執事は、僕のソーサーを持ったままの左手を取り上げた。

「爪の話ですよ。そろそろ整えなければなりませんね。」

そうして妙に真剣な表情で、僕の指先をチェックし始めた。

「どうでもいいから、さっさと放せ。重いんだが。」

いくら薄い小皿だからと言って、肩より高い位置に持ち続けると、しんどいのだ。

「失礼いたしました。坊ちゃんの左手はフォークより重たいものをお持ちになれないんでしたね。」


そうして僕の左手は解放された。


…こいつ、こんなにいちいち嫌味を考えるのが面倒ではないのだろうか。

どう切り返そうか、数秒考える。

しかし、どうやりあったところで、また癪に障る言葉が返ってくる。

それこそ、面倒だ。

やっと左手も自由になったのだ。

今は穏やかに紅茶の香りを楽しむことに専念するとことにした。

「冗談はさておき、午後は特に予定も無いことですし。それを召しあがったら始めさせて頂きますね。」

口で勝ったのが嬉しいのか、いや元々そんな顔なのか、その執事はにっこりと微笑んだまま、頓挫していた食器の片付けを続ける。

こちらもこれ以上精神的に疲れるのはごめんなので、大人しく現時点で唯一の心の拠り所となった紅茶を啜った。

最悪な気分の中、爽やかに鼻孔を擽る林檎の香りだけが、せめてもの救いのように思われた。
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