遊蝶華伝
□洋と和
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アテナは目の前のフライパンを睨み付けていた。
「何でいい感じのきつね色にならないかなぁ…」
むしろ黒い物体になりつつあるオムライス。
「変な匂いするような…?気のせいか!う〜ん、気合い足りないのかな…オムライス〜ファイッ!!」
細かいところは気にしない。それが彼女の欠点であり長所なのだ。
今日はどうやら1年を担当する教師が休みらしく、調理室を1年と2年が合同で使用することになった。1年は先輩に気を遣ってか、空気が少し重い中…。
「ちょ!!とめなとめな!アテナ、あんた料理下手すぎ」
「へ?何が?」
「焦げてんの!それ」
「え…まじか!」
気楽な少女、夢兎城あてなは、慌ててフライパンを火から離す。すると、中のものが勢いよく宙を舞った。
「馬鹿!何やってんの」
「あ、ヤバい!」
バシッ!
「……っ」
オムライスがつぶれる音だろうか…。アテナが恐る恐るゆっくり目を開けると、皿を持った誰かの手が見えた。
「大丈夫ですか?」
お皿の上に、ちょこんと乗ったオムライス。心配する声の主が、アテナの作ったそれを上手くキャッチしていたのだ。
「無事だったのねあたしの愛情
料理!」
「いやいやいや愛情込めてんならもっと丁寧に扱えって!」
そんなアテナ達の口論を聞きながら、翡翠彪晃(ひすい ひゅうあき)が皿を差し出す。
「はい、どうぞ」
「ありがと。えっと、君は…」
「翡翠彪晃ていいます。先輩は?」
「夢兎城あてな。よろしくね」
彪晃は短い髪に穏やかな顔立ちの少年だった。性格も温厚なのだろう、笑顔を絶やさない。アテナから見て第一印象はかなりいいものだった。
「料理みたいな手作業は得意じゃない感じですか?」
「そうなの!親友のあたしでさえ、アテナの不器用ぶりにはいつもびっくりするんだから!」
「うっさいわ!」
親友のひやかしに顔を真っ赤にしながら叫ぶアテナ。
「ぷっ…あははは!」
彪晃が堪えきれないという様子で笑いだす。
「ちょっ!笑うなんてヒドイ」
「す、すみま…はははは!」
何が可笑しいのか、いつまでも笑いが止まらない。そんな無邪気な彼を見て、アテナは思いついたように訊いた。
「ねぇ、彪晃くん、…音楽室の窓側の1番後ろの席って誰座ってる?」
「え?…うちのクラスだったら僕ですけど」
やっぱり…てことは、もしかして…。
「机の落書きに返事書いたことある?」
「あれ!?もしかしてあれ書いたのアテナ先輩だったんですか?」
「うん」
アテナは確信した。この男の子が机の文通相手なんだ、きっと間違いない。
「貴女が相手だったんですね…。良かった」
「へ?」
「いえ!思った以上に可愛い人だったんで、びっくりしただけです」
顔を赤くさせながら呟く彼。その言葉に伝染するように、彼女も顔を赤くさせる。お互いの相手の正体に、思い出したかのように照れが込み上げた。
「ねぇ、何の話してんの?」
いまいち状況を掴めていない親友の言葉は、今のアテナの耳に届いていなかった。