□朝の訪問者
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ー…自分は弱い。忘れることができないから…ー

第1話 「弱い自分」
人生…どう足掻いたって 、どうしようもないことは幾らでもある。
……だから これは…この人生は“どうしようもないこと”…。


とある街に存在する病院の第3病棟。別の名は“天使の園”。この病棟には16歳くらいまでの子供たちを集めている。そう…絶対に治らない病気を抱えた子供たちだけを……。

ピッピッ
携帯のプッシュ音が静寂した部屋にひろがる。
ピッピッピッ
「…美沙ちゃん、急だったね。」
まだ幼気が残る少年の声がプッシュ音に紛れる。
ピッ
「…いつものことでしょ。」
冷たい言葉とは裏腹に とても悲しい少女の声。その言葉に少年は短く返した。
「…そうだね。」

携帯の画面には元気そうな少女の画像が表示されていた。
ピッ
「…バイバイ美沙ちゃん。」
「……ごめんね…。“決まり”だから…。」
ピッ

…携帯の画面には “削除しました”という文字が綴られていた。


朝 優しい日差しが小さな窓から降り注ぐ。真っ白な部屋には6つのベットが狭く並んでいる。今ここには誰もいない。朝の決まった時間、患者たちはある部屋に集まるからだ。


「あははは」
「ばかー!」
とても楽しそうな子供たちの声。
「うるさいわー!…っていうか何で最近お前たちが先に来るんだー!」
少女の凛とした声が響く。少女は黒い髪を優雅に揺らし、座って子供たちに話をしていた。
「だってー“朝の訪問者”さんの話面白いから早く聞きたいんだもん!」
「はぁ…それじゃ訪問者とは言えなくね?」
少女は苦笑いをうかべる。
「いいんじゃない?“朝の訪問者”ちゃん。」
あどけなさがのこる少年は綺麗に笑ってみせた。
「茶化すな。晃ー!」
「クスクス…ごめんね雪音ちゃん。」
雪音は頬を膨らませて そっぽを向いた。
「あははは!」
晃の笑い声を聞いたあと 子供たちもつられて笑い出し、雪音も堪えられなくなって声を張り上げて笑った。
「あはっはは!」
傍では風が優しく吹いていた。

雪音が話を終え、皆それぞれの病室に帰って行く。それが朝の日課になっていた。

部屋は騒がしさが無くなり 風の音が響いていた。
「それじゃ僕もそろそろ自分の部屋に帰るね。」
「うん。あ、晃。今日ちょっと、どう?」
雪音は親指をたてて 外を指差した。
「クスクス…いいよー。じゃまたあとで。」
晃は微笑んだあと背を向けた。身を包みこむ静寂がその部屋にひろがる。六つベットはあるが雪音のベット以外はシーツが綺麗に畳まれていた。雪音はゴロンとベットの上に寝転んだ。見つめる先には白だけがひろがる。手を仰いでは下げを繰り返し雪音は溜息をついた。


そして昼頃。太陽は強い日差しを浴びせている。
「雪音ちゃん!早く早く!今なら、看護師さんいないよ!」
「オッケー!」
雪音と晃は病院の外に飛び出した。二人は風になったように走る。すると商店街が見えてきた。
「今日は何するのー?」
晃は息を切らしながら視線を雪音の方にやった。
「んー…とりあえず色んなとこ廻ってみよ!」
雪音が手を晃の方に伸ばすと 晃は微笑んでその手をとった

小物をおいた店
子供たちが入り交じり混雑している古本屋
色んな曲を流しているCDショップ

二人は無邪気に色んなとこを走り廻った。もちろん買うものなどない。ただ見ているだけ

…それでも二人にとっては幸せな時間。自由に走りまわれる自分たちの時間

「あれ?」
雪音はふと ある楽器屋をみた。
「どうしたの?」
「あのピアノ」
その楽器屋では古びて光沢もなくなったピアノを運びだしていた。
「すてるのかな」
「きいてみよ?」
二人はピアノを運びだしてきた店員に話かけた。
「あの…それ捨てるんですか?」
「ん?ああ、これかい?…もともと展示していた物でね…古くなったから」
雪音は優しくピアノに触れた。
「もう音も上手くでないんだ」
「………」
ポロン

不意に音がなる。その音は心を浄化してくれるようだった。雪音がピアノを弾いていた。

どこか悲しく 淋しく

商店街を行き交う人たちは足をとめて雪音の演奏をきいていた。風が花の匂いを連れて優しく吹く。晃は傍で微笑んでいた。

ポロン

一時、間が空いたあと拍手が次々と響きだした。
「あっすみません!」
「いえ」
店員は雪音が勝手にピアノを弾いたことを怒らず、ただピアノの音に心を奪われたように立っていた。
「ごめん晃!行こう」
「うん」
雪音たちは また走りだした。商店街を抜け街を外れ、上に見える丘を目指した。
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