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□徹夜をしたはなし
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「カタギリ、生きていたか!」


玄関に上がり早々に革の靴を脱ぎ捨てると、グラハムはそう言って嬉々とした、本当に幼い笑顔を見せた。

とりあえず居間に通し、突然の来訪を嗜めることにする。
茶菓子を用意するどころか、部屋を片付ける時間すら彼は与えてくれなかった。
おかげで、数日間徹夜で敢行した新型MS研究の為に荒れ果てた我が城に通す羽目になった。
五日前に見掛けた(気がする)タオルと、色鮮やかにアンダーラインの引かれた研究資料を脇に除けて、仁王立ちしたままのグラハムを座らせる。
少し埃の被った椅子に座らせるのは心苦しかったが、連絡ひとつ寄越さずに訪ねてきた彼が悪い。


「あのね、僕のところに来るときは連絡しろって散々言ったでしょう」


ようやく見つけた研究の暇(いとま)を彼によって粉塵爆破され、僕は思わず語気を強める。

グラハムは、僕の持たないものを多く有している。そのひとつが彼の彼所以たる、溢れんばかりのバイタリティーであり、行動力であった。
それは驚嘆に値するもので、尊敬もしている。しかし、こういった場合となると話は別だ。
ただひたすらに、迷惑だ。彼を悪く言うつもりなんて毛頭無い。ただ、本当に面倒なのだ。
体力的にも精神的にも今、僕は限界値を迎えている。そんな崖っぷちで、年がら年中盛夏の太陽のように燃え盛る彼の相手をするのは、切実に辛い。
だから、ああ! 頼むから寝かせてくれよグラハム!

だが彼はしおらしく詫びるでもなく、寧ろ僕を忌々しそうに睨んで、


「したさ! しかし君が返事のひとつも寄越さなかったから、我慢ならず此処に来た!」
「え、」
「本来ならば四日前に此処を訪ねるつもりだったが『それではあんまりです』なんてハワード達が必死で止めてきたから今日まで我慢した! だがもう我慢ならない!」


「何故君は無視をするんだ!」と、椅子から立ち上がり詰め寄ってくるグラハムを慌てて制止し、スウェット(そういえば最後に着替えたのはいつだったろう)のポケットを探る。
掴んだのは糸くずばかりで、お目当ての携帯端末を捜し当てることはできなかった。
僕は首を傾げる。いくら思い返したって、携帯端末の行方が十日前から解らない。はて、十日前の僕は端末を何処に埋葬したのだろうか。
そんな僕の様子を見つめていたグラハムが、軽く自分の尻を叩いた。
換気も数日されず淀み切った空気中に、新たに埃の湧く。


「せめて換気をしたまえ。食事はちゃんと摂っているのか?」
「…ああ、」
「嘘を。インスタントの塵屑ばかりだぞ」
「……僕には十分だけどね」
「カタギリ!」


いいかね、と再び詰め寄ってきた彼を止めることは、もはや僕にはできない。
僕にできるのは、長らく鍛えていなかった背筋を痛めない程度に仰け反ることで、彼の近過ぎる顔を回避することだけだ。
見上げてくる余りにも真直ぐなその翡翠の丸い瞳が、今日ばかりは眩しく痛い。
ずかずかずか、と廉価でひたすらに甘いリングドーナツの入っていた袋の山を踏み荒らし、ざっと辺りを見回し居間の惨状を三度程目視したグラハムは、もう一度僕を見上げる。
何故だか悲壮めいた表情を浮かべて、突如彼は勢い良く羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てた。
高級ブランドのものであろうその品の良い黒のジャケットは無残にも、うず高く積み上げられた空っぽのティッシュボックスの上に放り投げられた。


「掃討だ」
「はい?」
「私とて人の子。盟友をこんな環境下に住まわせることは、君が許してもこの私が許さない」


盟友、と僕は徹夜明けの呆けた頭で、そのはっきりと告げられた単語を反芻する。途端に熱くなる目頭。
背中がざわめく。何が何だか解らないけれど、堪らなくなる。

――ああ、僕はなんて素晴らしい友人を、否、盟友を持ったのだろう!

盟友。
その言葉を耳にした途端、なんだかぷかぷかとまるで僕の身体が浮つき始めたように思えて、腰に左手を当て仁王立ちをしている彼に、何故だか後光が差しているようにも思えた。
ああ、いけない。
そろそろ人間の活動限界時間に突入したらしい。頭が、ふわふわする。


「グラハム…君ってやつは……」
「さっさと片付けるぞ。私もこんな部屋に長くは居たくない。掃除機は何処だ? 洗濯機を回しても構わないな?」
「ああ、……ああ! 君の好きなようにしてくれ、君は盟友だよ!」
「ではカタギリは研究に戻りたまえ。差し入れにドーナツを買ってきたが、コーヒーと紅茶、どちらを淹れるかね?」
「君の好きなようにしてくれ! ありがとう! ありがとうグラハム、本当に素晴らしいよ君は!」
「今日の君は素晴らしく……昂っているな。研究は…もういい、寝たまえ。君は相当疲れているぞ」
「うん、そろそろ寝ようと思うよ。手伝わなくて大丈夫かい?」
「私に全て任せたまえ、心配は要らん。家事は一通り少佐に習った」


その瞬間、僕は世界中で信仰されているであろう八百万の神々に頭を垂れた。
ああ、神様! こんなに素晴らしい盟友を持てて僕は幸せです!
MS開発に無茶苦茶な要求をしてくるし、いくつになっても無茶なことばかりするし、僕の大好きな脂肪は付いてはいないけれど(まあ同性に付いていたら恐ろしいものではあるが)、それでも彼は最高だ!
とにかく僕は最大級の賛辞と、限り無い感謝の言葉をグラハムに贈った。僕の知り得る限りの言語で、彼を褒め称え、感謝の意を伝えた。
次々に彼への、盟友としての友情と愛情が際限なく湧いてきて、頭が愉快なことになりそうだ。
「君は疲れているんだ」「いいから寝ろ」「頼むから寝てくれ、聞いているこちらが恥ずかしい!」と顔を赤らめながら居間から僕を追い出す姿は、もしも異性であれば一瞬で恋に落ちるだろうなあ、と思える程に愛らしかった。ああ、本当に睡眠をとらないと。


「本当に有難う、君は最高の盟友だよ」
「……カタギリ、しつこい」


そう言って居間から寝室に追いやったグラハムの表情は、後光の所為で読み取れなかった。
ばたん! と本当に勢い良くドアが閉められて、数日間ろくに梳かされずにぼさぼさの髪がうねりを打つ。
僕が寝室の暗がりに放り出された途端に、睡魔が総攻撃を仕掛けてきた。

――ああ、待ってくれ。今から眠るから、もう眠るから。

我ながら情けない程に覚束ない足取りで、ゆたゆたとベッドに向かう。
静かに居間の方で空気の震える音のする。ああ、彼は居間の掃除から始めたのか。
偶に大きくなる振動音に耳を澄ませながら、ようやく僕の身体はベッドに倒れ込んだ。
そうして僕は柔らかくひんやりとした枕に顔を埋めて、ふと思う。

――そういえば彼に、研究資料の見分けは付くのだろうか。

少しだけ、止む気配の無い振動音に危機感を覚えたが、そんなことよりも今は、この枕の程好い感触が懐かしくて懐かしくて堪らなかった。
それから意識を手放すのに、そう時間は掛からなかった。










○ビリーがあほのこになってしまった…ごめんよビリー
もうこれ…誕生日小説でいいかな……ビリー……

\(^q^)/

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