お話の戴き物

□六年生の観察日記
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「で、気付かれずに遂行出来たか?」
「あぁ。ばっちりだ」
「面倒臭かったがな」
「……意外とバレないものだな、ヒヤヒヤした」
「面白かったぞ!私はまたやりたい」
「だね。僕も」


真夜中の長屋の一室に集まった六人。声を潜めて笑い合う彼等の目は遊びの中にも真剣を宿しているその目に有ったのは最上級生としてのプライド
今回彼等に課せられたのは忍術学園最強と名高い彼に気付かれずに彼の一日を監視すること…丸一日を費やした結果発表を今行っていた


「朝は長次、昼は小平太と。授業中は仙蔵と文次郎で夕方は俺、夜は伊作。だったな」
「うん」
「……変動もありだと思ったが意外に大丈夫だった」
「意外に楽しめたぞ」
「だな、疲れたけど…」
「あはは、みんなお疲れ!」


そうして顔を見合わせた後で彼らは互いの健闘を讃え合う
神経を磨り減らしてよく頑張ったものだ、ある意味実習よりも気を使っただろう
綿密に各々が与えられた時間と能力。そして性格を考慮して作戦を練る

それが今日一日だ


「よし、じゃあ長次から順に報告してくれ」
「…あぁ」


そして彼等が行なった結果が今発表される事となる












〜中在家長次の観察報告〜

……俺が受け持ったのは早朝。まだ誰も起きていないような時間帯だが、春花は朝日が上ると同時に起床して鍛練に行ってくる

それに合わせて俺もゆっくり布団から這い出した…隣で暢気に寝返りをうっている小平太が少し羨ましかったのはここだけの話だ


『おや?今朝は早いな長次』
「…あぁ、目が覚めた」


井戸で顔を洗っていれば無駄に爽やかな笑顔をした春花が近付いて来る


『そうか。早起きは三文の得というからな、たまには悪くないだろ?』
「…そうだな。気持ちがいい」
『そう言えばさっき朝顔が見事に咲いていたぞ』


そう言って春花はゆっくり門の前まで歩いていくのだが…ぶっちゃけるとどこまでが観察対象になるのかは解らない
鍛練に着いていくのも一つの選択肢だろうが、自分達の手の内を見せるのは忍として如何なものだろうと判断して見送るだけにした


『よし、じゃあ俺は行ってくるよ』
「気を付けろよ」
『ありがとう。また後で』


そしてまた無駄に爽やかな笑顔を浮かべながら走った春花の背を見送って俺もまた朝顔を見に歩き出す
辿り着いた先のソレはとても見事で、毎朝早起きをすればこんな素敵な光景が見られるのかと小さく笑ってしまった

あいつが見ている景色はいつもこんな風に美しく、そして爽やかなのだろう


「…確かに見事だ」


緩む口角を隠さないまま部屋に帰ればやっぱりまだ小平太は眠っていて、そろそろ起こさなければと思いながらも放置する
きっと朝食前に春花は帰ってくるはずだからその時に水と手拭いを渡してやればいいと思っていて、きっちり予想通りに帰ってきた春花にまた口角が緩んだのだ


『もしかして待っていてくれたのか?』
「あぁ」
『そうか、ありがとう』


裏裏裏山まで走っていったくせにまだまだ余裕がある所は流石だ
並んで食堂に行った所で俺の役目は終了。

以上で中在家長次からの報告を終了する〜


「え…長次私の事起こしてくれる気なかったの?」
「問題はそこじゃねぇよ。途中で観察放棄すんな」
「鍛練付いていけよ!あ、さては体動かしたくないから理由つけただろ」
「……」
「ちょ、留さんも文次郎も五月蝿い」
「よし、次は私だ」


〜立花仙蔵の観察報告〜

私が受け持ったのは午前の授業中だ。観察対象は私の隣で真面目に背筋を伸ばして筆を滑らせている

太陽も上っていない早朝から起きているにも関わらず春花はいつも真面目で居眠りなどもしない
教師の話に真剣に質問を返したり同級生達に教えたりと、実技のみならず座学まで優秀…だがそれもこんな努力を見ているからこそ納得できる


『仙蔵?どうした』
「…な、何がだ?」
『珍しくボーッとしているから』


クスッと笑って教科書の頁を教えられて思わず赤面してしまう そんな時はただでさえ悪いことが続き、教師に指されたのは全く聞いていない所だった


『教科書五十八の下から三行』

ボソッと聞こえてきた矢羽音は隣から。助けてくれた事に感謝してそこの答えを述べれば教師は満足気に頷いて黒板に向かう 助けられてしまったと思って礼を言えば春花は小さく笑った


『珍しい事は続くな。仙蔵が授業中に話を聞いていないなんて明日は雨かも知れない』
「私だって人間だからな。ボーッとする事だってある」
『そうだな…なら今日の仙蔵は少し疲れてるんだな』


何か含みを持たせたような言い方でそう言ってくる春花に私は首を傾げる
何の事だと尋ねる前にその細い指が私の書き写しをトンと叩いた


『ここ。間違えているよ』
「あ…っ」


本当に今日はどうかしている
間違えていた場所は普段の自分ならばあり得ない所で、恥ずかしくなって黙ってしまえば春花は何も言わずにただ黙って頭を撫でてくれた


『そんな日もあるさ、気にするな』


私をこうやって甘やかしてくれるのは春花だけだ
けど依存させるんじゃなくてちゃんと私を解ってる上でそうしてくれるから心地好い


「…春花、すまないがまた今日の授業の内容を教えてくれ。頭に入らんみたいだ」
『おやおや。仕方無いね』


あからさまに気を使わない所も回りに気を配れる所も流石だと思う
悔しい話だが実技も座学も、人間性も、そして男としても私はこいつに敵わないんだと思う

ヘムヘムが鳴らす鐘が鳴り響き、皆が食堂に向かっていく
私を見て『早く行こう』と笑みを向ける姿は癪なぐらい爽やかだった

以上で立花仙蔵の観察報告を終了する〜


「え…女子の日記か?」
「失礼な!」
「ようは春花が格好良くてドキドキしてたって事だろ?」
「仙ちゃん可愛いなぁ」
「え〜…仙蔵ずるいよ」
「…本気で悔しがるな」


〜七松小平太の観察報告〜

昼は私だ!と言っても飯を食ってる間だけだがな!
とりあえず私が食堂に行くともう春花は座っていた。出遅れたかな?と思っていたら私の姿に気付いた春花が呼んでくれたんだ


『お疲れ、小平太も今かい?』
「あぁ、腹が減って死にそうだ。春花は唐揚げか?」
『あぁ』


私も最後まで唐揚げにしようか魚にしようか迷っていたんだけど結局魚にした。でも唐揚げもやっぱり美味そうだなぁと思いながら見てたんだ、そしたら春花は笑いながら箸でそれを掴んだ


『小平太、あーん』
「いいのか!」
『そんなに見詰められちゃたまらないよ。気にしないで口を開けな』


春花はめちゃくちゃ良い奴だ。これが文次郎や留ちゃんなら間違いなくくれてないと思う
お言葉に甘えて口を開けたら飛び込んできた唐揚げを噛み締めて笑う


「ありがとうな春花!大好きだ!」
『俺を?唐揚げを?』
「春花をだ!」
『おやおや、俺も小平太が大好きだよ』


ついでにもう一個な。なんて言いながら放り込まれた唐揚げ
私今度春花の好きなオカズがあったら絶対に渡そうと思うんだ

私をいつも可愛がってくれる春花だから私も春花が大好きで。おやおやって言いながらもご飯粒を取ってくれる姿は兄のよう、年が同じなのに可笑しな話だ


『時間はまだあるからゆっくり食べるんだよ』
「あぁ!」
『お茶飲むか?』
「あぁ!ありがとう」


さらっとしてくれる作業は同じ男であっても良いなぁと思う
私ももっと春花みたいに然り気無く誰かを喜ばせる男になろうと思った

以上で七松小平太の報告を終了する〜


「唐揚げの事ばっかりじゃねーかぁ!舐めんな!」
「や、でも小平太らしいっちゃーらしいから」
「でもこれは報告と言うより感想…」
「まぁ良いじゃないか。小平太が喜んでるんだから」
「あぁ、美味かったぞ」
「……主旨が違う」



〜潮江文次郎の観察報告〜

俺が受け持ったのは午後からの授業。昼からは実技で体術の授業だった
自分の得意な獲物を使っての一本試合だそうだ。遠距離派の奴には武器の使用は禁止なんだけど春花にとって意味のない事、接近戦はあいつの十八番で現にあいつと当たりたくないと全員の表情が物語っていた


「それまで!」


けれど総当たり戦ならばそうも言ってられず、次から次へと勝ち進んでいく春花の勢いは止まらない
仙蔵をまともに投げることができるのも春花だけだろう…俺なら出来ねぇな。報復が怖くてよ


「よし、次は俺とだ」
『おや。やっと文次郎が出たか』


一刀だったはずの刀がいつの間にか二刀になる。いつだったか二刀流か?と尋ねた俺に春花は曖昧に笑ったが、本当は二刀流の方が得意らしい
もちろん一刀でも折り紙付きの強さだがな


『遠慮はいらないよ。俺もしない』


柔和な笑みが鋭いものへと変わる。六年の中でも温厚な春花だが闘いとなればまた別で、睨み合うだけで背中に嫌な汗が伝うから堪ったもんじゃない
けど俺もただでやられる訳にもいかねぇから息を吐いて構える


『お願いします』
「あぁ…お願いします」


先手必勝で動きたかったのだけどお互いの言葉が開始の合図で、あっという間に距離が詰められる
それに驚いて身を引くがすでに春花の間合いの中で、峰打ちだと言うように峰で殴られて俺は地面に沈んだ


「ぐっ…」
『俺の勝ちだな文次郎』


倒れこんだ俺に手を差し出して笑った春花
だけど全然嫌味じゃないから不思議で…結局授業はあれよあれよと勝ち進んで行った春花の優秀という形で幕を閉じる

相変わらず馬鹿みてぇな強さだが、それでも驕ったりしないところがこいつの良いところなんだと思う

以上で潮江文次郎の報告を終了する〜


「…だっせ、負けてやんの」
「最短記録だったぞ」
「やかましい!」
「……格好悪ぃ」
「文次郎ださいな!」
「あはは」
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