◆
□個別授業
1ページ/4ページ
科学教師、アンダーテイカー編―――。
授業も終わった放課後
次々と生徒達が帰路の道を辿る中
タタタタタタッ…!
この生徒だけは、何故か逆行するように
楽しそうに階段を駆け上っていた。
タタタタタタッ…!
「ふふ〜♪今日は先生と二人っきりの補習〜☆」
科学の授業で補習を言い渡されたにも関わらず、生徒、美月は上機嫌だった。
例え補修といえど、彼女にとっては憧れの先生と二人っきりになれるチャンスなのだ。それ故に、密かに胸踊らせていた。
生徒の間では【変態】【キモイ】【ゲゲゲの○太郎】などと影口を叩かれている科学担当のアンダーテイカー先生だが、美月にとっては憧れの存在であった。
タタタタタタンッ…!
長い階段を一気に駆け上がると、しんと静まり返った校舎の最上階に辿りつく。
人気のない廊下の突当たりに、先生の待つ科学準備室はあった。
美月は扉の前まで行くと、一旦歩みを止め、身嗜みのチェックを始めた。制服のポケットから女の子の必須アイテムである鏡を取り出すと、ささっと手櫛で髪を整える。
「…よし!」
高鳴る胸を落ち着かせるように、一度深呼吸をした後、意を決して扉をノックした。
コンコンッ!!
「どうぞ〜♪」
予想通り中からは、独特の怪しい声が返ってきた。
ガチャッ!!
「…失礼します。」
パタンッ!
一礼して入室すると、先生はいつものように壁際の椅子に腰掛けていた。
「…ああ、待ってたよ。よく来たねぇ。」
アンダーテイカー先生は振り向くと、ニヤリと美月に笑みを向けた。
「ところで先生、補習って何をやるんですか?蛙の解剖なら…ちょっと勘弁してもらいたいんですけど…。」
なぜ補修に至ったのか、それは科学の授業で【蛙の解剖】の実験の最中に、美月が気を失ってしまったからだった。
「美月はホントに解剖が嫌手なんだねぇ〜?そう心配しなくても、解剖はやらないよ。」
「…え?本当ですか?」
「ああ。嫌がる生徒に無理強いするのは可哀想だからね。」
「よ、よかった。」
美月は安堵の声を上げると、部屋の中を興味深そうに見渡した。すると机の上には、色々な実験器具が置かれ、壁一面の棚には薬品の瓶が所狭しと並んでいた。
(すっごい薬品の数)
「…ほら、いつまでも突っ立ってないで、座ったらどうだ〜い?」
「あ…は、はい。」
椅子にかけるように促され、美月は先生の隣に腰掛ける。
すると、机の上に実験道具が並べられていた。
これから実験でもするのだろうか、フラスコやビーカーの中には透明な液体が入っていた。その液体を沸騰させたいのか、アルコールランプで加熱している。
「…先生、一体なんの実験を?」
しかし、そんな問い掛けに答えないまま、先生は怪しげな壺を取り出すと、その中から茶色い葉っぱのような物をひと掴みして、その中に投げ入れた。
パパッパッ…!
グツグツグツ…
コポコポコポコポ…
液体の中に投入された葉は、グツグツと煮立つ度、フラスコの中を跳ね周り、そのうちに透明な液体は、徐々に茶褐色に変色していった。
美月は眉を寄せながらも、黙ってそれを静観する。
間も無くして―――。
上部のフラスコの管から、赤茶色の液体が流れ落ちてきた。
ポタッポタッポタッ…
その液体は、下に置かれた大きめのビーカーに、みるみるうちに溜まりはじめた。
部屋中には不思議といい香りが漂う。
先生はそれを、手際よく小さめのビーカーに分けると、スッと美月に差し出した。
コトリッ…
「ヒッヒッ…さ〜あ、小生特製のお茶だよぉ〜♪」
「・・・・・・。」
(…お茶…かな?)
怪しい作業工程を見てしまった美月は、ビーカーを凝視したまま動く事が出来なかった。
「おや…どうしたんだい?そんな熱くはないから、すぐ飲めるよ。」
そんな美月に首を傾げつつ、先生はお茶を一口飲み込んだ。
コクッコクッ…
美月は息を飲み、心配そうに先生を見つめていた。すると、そんな視線に気付いたのか、先生は苦笑を浮かべた。
「騙されたと思って、飲んでご覧?」
「…は、はい。」
(匂いはお茶だけど…実験器具で淹れるなんて…)
美月の視線は、目の前の実験器具に注がれていた。
なぜ、お茶に手をつけないのか?
なにを、心配しているのか?
先生は、やっと気付く。
「ああ…大丈夫だよ。これは小生がお茶を淹れる時に使うお茶専用の備品だから」
「お茶専用の備品。」
そんな言葉に安心したのか、美月はおずおずとビーカーを手に持ち上げる。
赤茶色の澄んだ液体は
見た目は紅茶その物で
それでいて微かに
柑橘系の甘さも香っていた。
「…い、頂きます。」
「ヒッヒッ…どうぞ〜♪」
コクッ…
恐る恐る一口飲むと、美月の顔にふわりと笑みが浮かんだ。
「嘘っ!?美味し〜い♪」
思わず本音を漏らしてしまうほど、そのお茶は見た目に反し美味しい物だった。
「気に入ったか〜い?」
「はい!凄く美味しいです。」
「ヒヒッ…それは良かった♪」
美味しそうに、お茶を飲み干す美月の喉元を、先生はじっと見つめたまま、不敵な笑みを浮かべていたが、この時の美月はまだ気づいていなかった。