インナモラート:レオパルド

□愛
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「あっ……あ…………」


心臓がうるさくなり始めた。
手が汗ばみ始めた。
顔が熱くなり始めた。

そして鳩男は、



「フザけろ」



不機嫌になり始めた。











「ぎゃっははははは!!!」

「やかましいぞパウリー!なんじゃっていうんじゃ!!」

「あ…の……あ、いらっしゃいませ!!」


おもいっきり頭を下げると、カウンターにがつんと額をうってしまった。パウリーと言い争いながら、隣に座ろうとするカクさんは、『わはは、大丈夫か?』と優しく微笑んだ。


「ぎゃははは!ナイスだぜ、ナイスだカク!!(ルッチめ、ざまァみろ)」

「あ、の……なにになさいますか……?(かっこいい……)」

「おぉ、とりあえずコーヒーをたのもうかの。…だから、なんのことじゃ?(なんでこいつらこの店知っとるんじゃ……?)」

「……(ち…犬じゃないとおもえば、キリンジジイか……)」





なんなんだ、一体

きょうはまったくついてない日だ。恋人が犬だというなかなかショッキングなカミングアウト(最終嘘だったが)をされ、瀬尾に好きな野郎を詳しくきこうとするとメンチを切られ、そして止めの一撃、まさかのご本人登場だ。しかも犬よりもショックなヤツ。
おれがかつて所属していて、面倒になってやめた造船サークル。カクがリーダーで、腕もそれなり、楽しくないと言えば嘘だったが、仕事がいそがしくなり、やめてしまった。カクはこれるときでいいとかなんとか言ってきたが、結局断った。半端なことはしくないからだ。カクはそれからもなんどもメールを打ってきた。お人好しで、優しい、いいやつといえばこいつ。つまるところ……

一番敵にまわしたくない相手、ってことだ。


「っ、どうぞ、コーヒーです……」

「ん、サンキューの」

「ッ!いえ!!これが仕事ですので!」

「んー…店ではたらかすにはもったいないのう……」


横目で見ると、カクはまんまるの目でじぃっと瀬尾をみつめた。瀬尾はおれが危惧したとおり、エプロンのうるさくわめいているであろう心臓のあたりをぐっとにぎりしめた。
くそ、むかつく。


「造船サークルのメイドさんになってくれんかの?」


カクのいつもの冗談が、瀬尾に悪く作用した。
瞬間、瀬尾は返事をするのも忘れ全身の血を顔に集め、口のなかでもごもごと言葉を噛んだ。おれは不機嫌きわまりなかったが、なんだか目をはなすわけにはいかなかった。パウリーの野郎は燃料を継ぎ足したようにまたわらいだした。
一瞬で水も蒸発しそうなほどあかくなった顔を見て、カクは悪い癖ながら無意識のうちに瀬尾をおいつめる言葉を吐いた。


「わははは、冗談じゃ冗談。おまえさん、かわいいのう」


一瞬目をこれでもかというほどまんまるにすると、瀬尾はふるふると頭をよこにふって、とうとう『ごゆっくりどうぞ!』といって店の奥に引っ込んでしまった。エプロンのひもが勢いよくしまるドアにはさまれてぶらさがった。が、すぐにドアの向こうに消えていった。
カクはにこにことその様子を見ていたが、おもいだしたように神妙なかおつきになったとおもえば、おれにむきなおってぎろりと睨んだ。


「ルッチ、こうしてサシでしゃべるのは、いつぶりかのう」

「……さァな」


考えてもわからないだろうし、こたえたらこたえたで筋違いだと怒られそうだったので、適当に間をあけ、そっちをみずにキッチンのタイルに向かって喋った。


「さァなとはなんじゃ!大事な時期にふらっとおらんようになって、かえってきたとおもえばなにが辞表じゃバカタレ!!」

「もういいじゃねェかカク。こいつにはこいつの都合があるんだよ」

「そいつの言うとおりだ」


笑い疲れていたパウリーだったが、空気を察知し、冷静に水を飲みながら話に参加した。
おれとしてはさっさと瀬尾についての話に変え、カクにあきらめるよう言いたかったのだが、どうもこいつはそんなことよりもサークルのことのほうが優先順位が上らしい。さっきまでここにいて知らねぇ間にひやかしてたってのによ。


「戻る気は毛頭ねェ、これでいいか」

「よくなっ、

「あと最後に言う。瀬尾はおれがタグをつけた女だ。余計な真似をするな」


おれは自分が食べたぶんよりすこし多めにカウンターのうえになげすて、なにやら喚くカクを一度も見ないで店をあとにした。
外に出ると、きたときの晴れた空は曇天に蝕まれ、遠くで低く雷鳴がとどろいていた。いまにも降りそうだが、おれは天気予報は信じない。
おれがもっているのはスマートフォンと、鍵と、財布だけ。

つくづく災難な日だ。



「…ああ、店長さんか……」











天、豹と機嫌を同じくす

(な、なに……どういうこと……?タグ!?)







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