□水底に堕ちる水仙
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四角い箱の中、ぐちゃぐちゃな世界。
ぴたりと水音が金属の上に落ちて響く。
ぴたり、ぴたり、ぴたり、ぴたり。

四角い箱の中、めちゃくちゃな世界。
かちっと針が円盤の上を回る音が響く。
かち、かち、かち、かち。

何でも有る様で何も無い世界。
寒い世界。
がたがたと何かに脅える世界。
こんな世界いるのはずっと私だけだと思っていた。

でも、違った。

この世界の隅っこで、物影に隠れてひっそりと住んでいる人がいた。
出逢ったのは偶然。
食糧を求めて世界を彷徨った時に見付けた。
その人は、驚いた眼で私を見てきた。
私も驚いた。
こんな世界に私以外の人間がまだいるなんて、思いもしなかった。
男だ。
服も身体もボロボロで、見ていて心が痛む。
だが、少し粗末だが美しい黒い髪。
優しそうな瞳。

目と目が合った瞬間、私と彼は恋に落ちた。


食糧は見付からなかったが、それよりも良いものを見付けた。
そう私は確信した。

彼は、歩く事が出来なかった。
だからは私はそこに住む事にした。
彼が寂しくならないように。

彼は喋る事が出来なかった。
彼の名前も知らない。
沈黙は寂しいだけだった。
だから私は一杯彼に話し掛けた。
この世界の事、自分の事。
この時ほど話題が少ない事を恥じた事は無い。
世界の事と自分の事以外に話す事が極端に少なかった。
彼の事を知りたくても、彼が話せない事は知っているため、話題を振る事はしなかった。

でも、彼の事が少しでも知りたくて、彼に手を伸ばす。
嬉しい事に、彼も応えるように手を伸ばしてくれた。
ぴたりと彼と手が触れ合う。
私の手より冷たい彼の指の感触が、とても新鮮だった。


ねぇ、私達、もっと仲良くなれるよね?


微笑んで彼を見ると彼も微笑み返してくれる。
そのまま、衝動の赴くままに彼に近付きそっと唇を重ねた。
この行為はここの管理者がやっていたものだ。
お互いの愛を確かめ合う行為だと聞いた。
よくは分からないが。

心臓の鼓動が高まる。
彼の顔が近い。
これがきっと、あの管理者をも魅了したのだろう。

もっと、もっと頂戴。
何度も、何度も、彼と唇を重ね合わせる。
お互いの身体が熱を持ち始めるのが分かる。

愛してる、愛してる、愛してる。

私と彼は止まらない。
お互いがお互いを求めて獣のように相手に噛み付く。
この日、私達は辺りが暗くなって互いの姿が見えなくなるまで、ずっと愛し合った。


一緒に笑って。
一緒に泣いて。
一緒に寝て。
お互いを愛し合って。



時が経つのを忘れるほど幸せな日々が続く。
彼の傍にいられるだけで幸せだった。
彼の方を見ると彼は私に対し優しく微笑み返す。



嗚呼、私は本当に幸せ者だ。







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