□閑古と哭く魂迎鳥
1ページ/5ページ




窓の向こう側から、少女達が歌う手鞠歌が聞こえる。
少年は寂しげに顔を上げた。
少年はベッドの中に半身を埋め、その横の棚には彫刻が施された陶磁器の水差しとガラスのコップを乗せた盆がある。
近くの机には白い紙が散らばり、その中にちゃんと飲むようにと書かれた紙が一枚、紙袋に添えられていた。
窓から降り注がれる光は少年の手前で窓の形を作ってみせる。
少年はゆっくりとその光に手を伸ばし、光を手で受け止める。
温かい光。
この光が何よりも好きだった。




織秦信貴(おりはたのぶたか)は陸軍将校だ。
内と外をきっちりと分け、他者には厳しく身内には甘い性格の軍人だ。
実際、信貴は妻や2人の子秀康(ひでやす)にはとても優しく、ミスをした士官に厳しい体罰を与える鬼として有名だった。

信貴には妻がいた。
信貴は妻を彼女の実家に住まわせ度々訪ねるとう変わった生活を送っていた。
別に女を連れ込むためなどではない。
仕事で家を空ける事も多いし、彼女に迷惑を掛けないためだった。
ある日からずっと届く手紙。
宛名も何も無い封筒、その中にある白い紙にただ『ホトトギス』と書かれただけの手紙。
学生時代そこそこ成績も良かった信貴だがこの手紙はさっぱりだった。
毎日来るこの手紙を妻が気味悪がったため、彼女を秀康と共に実家に住まわせる事にした。



しかし、数週間前、妻が死んだ。
秀康の話によると階段から足を踏み外したらしい。
彼女の家はとても立派で、階段も長い。
それが原因の1つだったそうだ。
無数の打撃を受け、1日も保たなかったらしい。
彼女の腹には今年生まれる予定の赤子がいた。
勿論、ちゃんと計画を立てて作った信貴夫妻の子だ。
その赤子も母体の死により引き摺られるように死んだ。


信貴は泣いた。
一日中、上司に頭を下げ、大事な仕事を投げ出して彼女の傍で泣き続けた。
身体が弱い秀康は、母との別れを惜しみながら侍女に連れられ寝かしつけられた。
秀康も信貴の説得が成功するまで、信貴の背中に顔を埋め、終始泣き続けていた。
その息子秀康の姿が余りにも居た堪れなくて、信貴は妻の葬式が住むと秀康を連れて都に戻り一緒に住む事にした。

我が子を愛してはいるが世話が苦手な信貴は、妻の実家から連れてきた秀康の侍女卯月文目(うづきあやめ)に世話を任せて、時折様子を見るという事で精一杯だった。
大国との戦争の動きがいよいよ高まり、信貴は更に忙しくなっていった。
その間にもあの『ホトトギス』の手紙は日に日に量を増して行った。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ