番外編
□待ちわびたあの人
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「・・・先生!」
ダイアゴン横丁の人混みを縫うようにグリンゴッツ銀行の入り口へと走って来る女性が一人。彼女の声にパッと顔を上げてルーピンはにこやかに手を振った。
フォーラは彼の目の前まで来ると乱していた息を何とか整えようとしながら話した。
「はあ、ご、ごめんなさい。約束のお時間よりも、遅くなってしまって・・・」
「いや、いいんだよ。僕も今来たところだ」
笑顔でそう言えば、フォーラは彼を困った顔で見つめた。
「嘘、つかないでください。先生、ずっと待ってくださっていたんでしょう・・?」
ルーピンがギクリとして思わず一瞬笑顔を引きつらせたのをフォーラは見逃さなかった。
「ほら、やっぱり・・・。
私、久しぶりにお会いしたのに、さっそくご迷惑おかけしてしまって・・・。あの、今日の内に何か、お詫びをさせてください。」
ルーピンが学校を去って数年。フォーラはルーピンと手紙で頻繁にやり取りすることが続いていた。そしてついこの間、ルーピンから久しぶりに会って話でもしないか、と誘いがあったのだった。
夏季休暇の真っ只中だというのもあり、今こうしてフォーラはルーピンと会っているのである。
ルーピンがフォーラの申し出に「うーん」と悩ましげな表情を見せる。
「そうだなあ。それじゃあ、今日のランチは僕に奢られてくれないか」
「もう、先生、それじゃあお詫びになりません・・・。」
少しだけ頬を膨らませてこちらを見上げてくる彼女。随分と長い間会うことがなかったせいか、ここ数年で非常に成長した、と思う。まだまだ学生と言うのもあって大人という訳にはいかないものの、彼女は素敵なレディの仲間入りを果たしていた。
「はは、ばれちゃったか。
・・・あ、だったら今日は僕のためにネクタイを選んでくれないかな。丁度新しいのを買おうと思っていたんでね」
途端にフォーラの顔がぱあっと明るくなる。こういう可愛らしい一面は昔まだ自分が城にいた頃の彼女そのものだった。
「はい!私でよければ・・!」
フォーラにとってルーピンは憧れの存在だ。何年か前はある意味『好き』だった。時間が経って『好き』の意味が変わっても、彼が彼女にとって尊敬に値する人である事には変わりなかった。
二人はダイアゴン横丁の人混みへと歩き始めた。
「そう言えば、どうして遅れてしまったのかな?何か事故でもあったとか」
そう尋ねられて思わずフォーラはルーピンから目を逸らした。心なしかフォーラの頬が赤い気がするな、とルーピンは思った。
フォーラが小さく声を漏らす。
「あ、あの、・・・実は」
「?」
彼女は先程より確実に赤くなって視線をうろうろさせつつ続けた。
「その、な、何を着ればいいか、迷ってしまって・・・。
先生とお会いするの、とっても楽しみで。だから・・・ちゃんとしたくて・・・。
こんな理由で、ごめんなさい。」
何とまあ、随分と嬉しい理由ではないか。自分に会うためにそこまでしていたとなれば、ルーピンにとって彼女を責める理由は何処にもなかった。
「そうか、そうだったのか。
ということは、今日は僕の為にお洒落をしてきたと受け取っていいわけだ」
何処か満足そうなルーピンにフォーラは何か言いたげに口を開いた後で、恥ずかしそうに何も言わずこくりと頷いた。
「はは、凄く嬉しいよ。本音を言うと一人の男として、だけどね」
ルーピンはフォーラにウインクをしながら冗談っぽく言って見せた。そしてこちらを見上げる彼女に静かに笑いかけた。
「随分と会わないうちに、綺麗になったね」
「・・・!・・・そ・・・そんなこと、・・・」
そんなことない、その一言がルーピンの笑顔のせいで出てこなかった。フォーラは少し俯きながら何とかお礼を言った。
「あ、ありがとう、ございます。」
また無意識に赤くなる頬に余計に慌ててしまう。尊敬している人にそんな事を言われて喜ばないわけがない。