アズカバンの囚人

□injury
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それから少し経ち、二月に入った。この日、フォーラは偶然にも廊下で一匹の猫に出会った。見覚えがあるオレンジ色の毛並みだと思ったら、それはハーマイオニーの猫だった。クルックシャンクスという名のその猫は、ばったり出会ったフォーラの周りを一周し、その間彼女をジロジロと見上げた。フォーラはクルックシャンクスが何かおやつを欲しがっているのかと思い、何も手持ちがないことを詫びようと腰を屈めた。しかし、クルックシャンクスはフォーラが言葉を発する前に、スタスタとその場を離れて行ってしまったのだった。
フォーラが一体何だったのだろうと首を傾げた時、今度はそのすぐ後からロンがやって来たではないか。彼はぎこちなくフォーラに挨拶した。

「や、やあ、フォーラ」

「あら、ロン。こんなところで会うなんて、偶然ね……。」

「ウン、そうだね?僕はオレンジ色の猫を追いかけてここまでやって来たんだ。そうしたら、君と猫が一緒にいるところを見かけてさ」

「さっきの猫のこと?ハーマイオニーの飼っている子よね?あの子がどうかしたの……?」

「あー……その。ついこの間のことなんだけど。実はあの猫、僕のペットのネズミを食べたんだ」

ロンが哀しみと怒りを混ぜたような声色でそう言ったものだから、フォーラは驚いて思わずハッと口を両手で抑えた。

「それ、本当なの……?」

「ウン。あいつはずっとスキャバーズのことを狙ってたんだ。僕はそんな気がしていたからハーマイオニーに注意してたのに、彼女は聞いてくれやしなかった。そうしたら結果、僕のベッドに血がついてた!確実にスキャバーズのだよ、きっと。それからあいつの姿を見ていないんだから……」

「そうだったの……。でも、もしかしたら怪我していただけで、本当は何処かに隠れているだけなのかもしれないわ。まだ可能性はあるわよ、きっと……。」

「ありがとうフォーラ。でも、あいつは死んだと思うよ。僕だってあいつが何処かで生きてるって信じたいけど、それが長引けば長引くほど惨めな気持ちになる気がしてさ。あいつの帰りを待つのが辛いんだ。」

肩を落としてそう話すロンがあまりにもいたたまれなくて、フォーラは何も励ましの声をかけることができなかった。

「あっ、ゴメン。辛気臭くなっちゃったね。その……この話はもう忘れてくれてかまわないからさ」

「え、ええ……。あの……あまり気を落とさないでね。」

「うん、ありがとう。―――それにしても、どうしてクルックシャンクスは君のことをジロジロ見てたんだろうね」

「私は、あの子がお腹を空かせているんだと思ったけれど。」

そのような事があったが、フォーラはクルックシャンクスの行動をそこまで気に留めなかった。猫の気まぐれな行動程度に捉えていたからだ。そのため彼女は、オレンジ色の猫にジロジロ見られていた事なんて、何日かすればすっかり忘れてしまっていた。だが、クルックシャンクスはフォーラと出会ったことを忘れはしなかった。

それから幾日かが経ち、再び満月の夜がやって来た。フォーラがルーピンの元を訪れるのはこれで三回目となり、彼は満月のその日だけ現れる黒猫を待ちわびていた。

〈僕が人間の時にも、ここへ遊びに来てほしいと思っているんだけどな〉

フォーラはその要望についてハッキリとは頷かなかった。何故なら彼女は『狼の時のルーピン』だけでなく、『人間のルーピン』にも『猫の自分』が求められていることに、心苦しさのようなものを感じていたからだった。自分でも、当初の目的と考えが矛盾しているのは十分に分かっていた。最初は見返りなんて求めていないはずだったのだ。それなのに今は……。

(本当の私を、見てほしいと思っているなんて)

そんなことをすればどうなるかは容易に想像がついた。しかし、どうしてもフォーラは自分の中で、猫の自分に対する羨ましさのようなものが膨れる状況から、目を逸らすことができなかった。

(本当に、私はどうしてしまったのかしら。こんなこと、考えていちゃ駄目なのに。先生は黒猫の『私』を必要としてくれているんだから……)

その後フォーラはルーピンと幾らか時間を共にし、部屋を後にすると、少々落ち込む気持ちを抱えながら寮に続く廊下を黒猫の姿のまま進んだのだった。すると、彼女は暫く歩んだ先で、廊下の物陰に何かうごめく物を見た。人間の時より視界は随分明るかったため、暗がりの中にいたその物体が何なのか、彼女は直ぐに理解した。

〈黒い、犬さん……?〉

その大きな犬は突然呼びかけられると、身体をビクッと強張らせた。フォーラはその犬がこちらを振り返った拍子に、この子のことを以前も何処かで見かけたことがあると思った。

(ホグズミードで、似た犬を見かけたけれど……もしかして、その時の子かしら?)

その犬はおぼつかない足取りをしていて、フォーラが見る限りは、何とかこの場から急いで立ち去ろうとしている……そんな様子だった。黒猫の姿をした彼女が近づいてみると、その黒い犬の図体が自分の何倍もの大きさであることが分かった。犬の身体は随分と薄汚れていて野良であることを彷彿とさせたし、その身体に似つかわしくない程に綺麗で澄んだ灰色の瞳は焦りの色を帯び、視線がチラチラと犬自身の足元の方に移っていた。
フォーラはその犬の―――彼の視線の先を見てハッとした。彼が片方の前足から血を流していたからだ。彼女は再び目の前の彼に話しかけた。

〈前足が痛むの?〉
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