アズカバンの囚人

□pleasure
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十一月も半ばに差し掛かろうという頃、この日のフォーラは自身の手帳を取り出すと、カレンダーの一月ごとに、インクでとある日付のところに印を付けている最中だった。

(今月の満月はこの日ね)

フォーラは以前からの目論見として、黒猫の姿でフォーラ・ファントムであることは隠し、狼になったルーピンの元へ会いに行こうと決めていた。もし彼が猫の自分を拒むようなら無理強いするつもりは勿論なかった。ただ、毎月訪れる満月の日に孤独な思いをしている彼が、人でない姿の自分を必要としてくれるなら……一匹の猫が彼の寂しさを少しでも紛らわせられるなら……フォーラはその一心で、それ以上の事は望んでいなかった。
さて、フォーラはアニメーガスになる力を習得した後も、確実に変身できるよう練習を続けていた。猫の姿の時にくしゃみをしたり、何かの拍子に人の姿に戻ってしまったりする可能性を避ける必要があったからだ。ルーピンには猫が自分であることを、絶対に知られたくない。
フォーラはアニメーガスになったことを、偶然知られてしまったジョージ以外の誰にも打ち明けていなかった。もし動物に変身できることが人伝いにルーピンの耳に入ってしまったら?きっと彼は驚いて、狼の姿を見られたことをショックに思うだろう。そう思うと、誰にも言えなかった。


そしてそれから数日後、遂に満月となる日を迎えた。最近のルーピンは以前同様、顔色が段々と悪くなってきていた。それがあまりにも満月に近付くほど悪化しているのが顕著なものだから、フォーラは改めて彼が本当に人狼なのだと思った。
その日の夜、みんなが寝静まった後で、フォーラはのそのそとベッドから起き出した。そして彼女は自分のベッドの上で黒猫に変身すると、周囲のベッドで寝ている友人たちを起こさないよう、そーっと談話室へと降りたのだった。そしてフォーラは誰もいない談話室を横切ろうとした。
しかしその時、談話室の暗闇の中、まだほのかに暖炉の火が灯っていることにフォーラは気がついた。そしてその暖炉の傍に誰かがいることも。

(あれは……ドラコだわ。こんな時間に一人で何をしているのかしら)

フォーラが身を低くして、遠回りしつつドラコを離れたところから見やった。すると彼はどうやらソファにもたれたまま眠ってしまっているようだった。彼の膝の上には本が置かれていた。

(もう、しょうがないんだから……)

フォーラはドラコをそのまま放っておくことができなかった。そのうち暖炉の火が消えて、確実に室温は下がってしまうだろう。そうなったら彼の身体は朝には冷え切ってしまう。彼女は黒猫の姿のまま自分の寝室へと戻り、今度は人間の姿になるとベッドから自分の毛布を引っぺがした。そしてその毛布を抱えて静かに階下へ戻ってみると、ドラコはまだ眠ったままだった。

(そのうち目が覚めて自分のベッドへ行くと良いのだけど……)

フォーラはそのように思いながらドラコにそっと毛布を彼かけた。そして彼女が黒猫に姿を変えたその時、徐にドラコの声が聞こえた。

「ん……フォーラ……」

いきなりドラコが自分の名前を呼ぶものだから、彼女は非常に驚いた。しかし、彼を見やるとどうやら目を覚ましておらず、寝言だったようだ。このままここにいては、そのうちドラコが目を覚まして当初の予定が達成できないかもしれない。そう思ったフォーラは、急いでその場を離れ、ルーピンの部屋へと向かったのだった。


(ついに、来てしまったわ)

今、黒猫姿のフォーラの目の前にはルーピンの部屋へと続くドアがあった。本当に良ここに来てよかったのだろうか?勝手にこんなことをして、ただのお節介なのは間違いない。そもそも今、狼姿かもしれない彼がこの扉を開けてくれるのだろうか?
フォーラは猫のまま、しばらくそこに立ち尽くしていた。もう少しこのままだったなら、談話室へ帰ることに決めていたかもしれない。しかし、そうはいかない状況が差し迫った。

「マーーオ」

フォーラがいる廊下の向こうで、猫の鳴く声がしたのだ。この声には聞き覚えがある。

(ミセス・ノリスだわ)

その猫はホグワーツの管理人のフィルチの飼い猫だ。生徒たちが規則破りなどを彼女の前でしようものなら、すぐさまフィルチに報告してしまう厄介な存在だ。
暗い廊下は、向こうの方ははっきりとは見えないものの、猫になった今となっては人の姿の時よりもよく見えた。フォーラは廊下の奥の方で二つの小さな光がこちらを見ているのを認識した。このままミセス・ノリスが近づいてくれば、もしかして自分が猫でないと知られてしまう可能性も十分にあり得る。
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