短編小説
□another story
1ページ/36ページ
俺は、バーに一人で来た。
よく店の前は通っていたが、中に入るのは初めてだった。
「いらっしゃい…」
無口そうなマスターの声。
風貌もそんな感じで、商売っ気があまり無さそうにも見える。
初めて会ったのに、どこかで会ったような気がするんだけど…。
って、そんなわけないか。
「何に致しましょう…」
「ジントニックを…」
「畏まりました…」
今となっては超レトロな店構えとなったけど、古き良きアメリカやヨーロッパのようなインテリアの小綺麗な店内。
もちろん、注文だってレトロ。
今や、どこのバーだって紙みたいに薄いタッチパネルで注文するのに、このバーは口頭で注文を取る。
年配の客は懐かしがって、よくこういうバーに集まったりするらしい。
僕は、バーチャルで体験していたから、すんなりと注文することが出来た。
グラスに入れる氷のカラカラという音が耳に心地よく響く。
出来上がったジントニックが目の前に出された。
「お待たせしました…」
「ありがとうございます。」
一口飲むと、バーチャルで行ったあの店を思い出して、ちょっと懐かしかった。
ふと気付くと、自分が座っているカウンターの端の席に女性が一人で飲んでいる姿が目に入った。
珍しいなぁ…
誰かと待ち合わせだろうか?
そんなに長い間みていたわけではないが、その女性と目が合った。
ついクセで、ニコッと微笑んでしまった。
すると、俺の笑顔をどう取ったのか、飲んでいたグラスを片手に席を移動してきた。
バーチャルの前なら、そういう女性が近寄ってきても、適当に一晩過ごして朝にはサヨナラ…ってことが多かったけれど、今はもうすっかり苦手になってしまった。
.