物語
□incomplete Love:08
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「駄目。ちゃんと熱が下がるまで帰せません」
「は、はい?」
「こんな状態でまた電車にのったら、確実に熱ぶり返すよ…?」
「う゛っ、でもですね…」
「大丈夫!俺何もしないから。帰り際に鳴海さんに釘刺されてるしね」
「釘、刺されてなかったら何かするんですか?」
「楓ちゃん…、それって意地悪だよ?」
「そうですね、奏出矢さんが何もしないのは知ってます」
そう言ってクスクス笑うと、奏出矢さんは優しく微笑んだ。
こんな雰囲気、嫌いじゃない。
むしろ、安心できる。
付き合いも浅いのに。
まだまだ会った回数だって少ないのに。
そんな人にこんな感情を抱くなんて…、私って変なのかな…。
そう、思わざる終えない。
そんなことを考えていると、奏出矢さんがふいに口を開いた。
「な・の・で、楓ちゃんは今日俺の家にお泊りけってーね」
「えぇっ」
「何その反応。この奏出矢柚葵、責任持って楓ちゃんの看病しますよ?」
「あのですね、奏出矢さん」
「ん?」
「本気で移りますよ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。鳴海さんがバカは風邪ひかな…っ」
「バカも風邪ひきますよ?」
「……、と、とにかく!!俺は夕飯作ってくるから!勝手にいなくなったりしたら捜索願い出しちゃうからね!」
「ちょっ、ひどくないですかそれ!というか、捜索願って家族じゃないと出せないんじゃないんですか!?」
「楓ちゃーん、俺を誰だと思ってるの?刑事よ?そんなんちょちょいのちょいよ」
「……奏出矢さんって、嘘つくとすぐにばれるでしょ」
「えっ!?なんでわかるの!?」
「ああ、もうわかりました。じゃあ、お言葉に甘えて泊まらせていただきます。なので心配せずに夕飯を作りに行って大丈夫ですよ?」
「そう?俺本気だからね?捜索願は冗談だけど、そのくらい探すからね?」
「大丈夫ですよ。私嘘つきませんから」
「まぁいっか。安静にしといてね?」
そう言って、奏出矢さんは部屋を出て行った。
息をついて窓へとふいに視線を向ける。
綺麗な夜景。
確か奏出矢さんの家は横浜、ということはこの夜景は横浜か。
なんだか自然と笑みがこぼれる。
変なの、と自分で思うけど止められなかった。
本当、奏出矢さんと一緒にいると変な感じだ。
そこではじめて、私は自分のバックがベットサイドにおいてあることに気がついた。
中を漁ると、昨日作ったチョコレートが出てきた。
日頃のお礼にと思って作ったのに、またお世話になってしまった。
「こんなもんじゃ足りないな…」
一人だけの部屋に、私の声が響く。
ここは一人なのに、全然寂しくない。
そう、ここはあそことは違う。
あの人の笑顔に私が安心できる理由、少しわかったような気がした。
何の思惑も打算もない笑顔。
それが、私の心を無意識に癒しているのかもしれない。
美月も同じような笑顔をする。
屈託無くて、純粋な笑顔。
私は、ただ笑ってほしかっただけ。
ただ、笑いあいたかっただけだった。
とりあえずこのチョコは渡すとして、渡したらどんな反応をしてくれるんだろう。
不思議と緊張はなかった。
奏出矢さんが夕飯を作ってきたら渡そう。
そう思って、チョコをベットサイドへ置く。
少し眠い。
私は誘われるようにベットへと横になった。
たまには、人に甘えるのも…いいのかもしれないな…。
そう思いながら、私は睡魔に身をゆだねて意識を手放した。
今度は、いい夢が見れそうな思いを感じながら…。
「それじゃあ奏出矢さん、お世話になりました」
そう言って、玄関に降りて靴を履く私。
翌日の朝、もうすっかり熱は下がっていた。
むしろ昨日の苦しさが嘘のように消えている。
体が軽いぐらいだ。
うん、めちゃくちゃ絶好調。
私が振り返れば、奏出矢さんは何か嬉しそうに笑っている。
不思議に思って首を傾げれば、奏出矢さんは口許を綻ばせながら言葉を紡いだ。
「なんか、いつもと立場が逆だなぁと思って」
「ああ、そうですね。奏出矢さんもお仕事おくれないように」
「わかってるって。それより楓ちゃん、本当にありがとね?チョコレート」
「べ、別に。日頃の感謝の気持ちですから…」
「でもまさか、楓ちゃんがチョコレート渡しに警視庁に来てくれていたとは思わなかったな〜!」
ニヤニヤしながら言ってくる奏出矢さんに、思わず視線をそらしてしまう。
てっきり美月と話したなんていうから知っているとばかり思っていたのに。
蓋を開けてみれば、美月は何も言わなかったようで。
まったく、本当に恥ずかしい思いをしてしまった…。
「そ、それじゃ、鳴海さんにお礼、言っておいてくださいね?」
「わかったってば。本当に楓ちゃんってば頑固なんだから」
「頑固でいいです。礼儀は通したいんです。
それじゃ、本当にありがとうございました」
「いいのいいの。今度また遊びに来てね?」
「……気が、向いたら…」
「なんだろうその間。確実に来る気ないよね。まぁいっか。俺がつれてくればいいわけだし?」
「素直に連れてこられてあげませんけどね」
「もう!楓ちゃんは何でそんなに意地悪かな!?」
「冗談ですって。じゃ本当に行きますから」
「うん、またね」
「……はい、また」
奏出矢さんが何か言う前に、開けておいた扉から外に出て締めてしまった。
そして、駆け出す。
『また』
その言葉がこんなに勇気のいるものだとは思わなかった。
でも何故か、妙な達成感に溢れてる自分がいる。
バカみたいに、漏れる笑み。
ひっさびさのすがすがしい気分。
見上げた空に、朝日が白く輝いていた。
今日も今日が始まる。
私は駅に向って歩き始めた。
その足取りは軽い。
とりあえず家に帰ろう。
今日は授業は午後からだから、家に一旦帰ってもなんの支障もない。
朝の冷たい風が吹き抜けた。
まだまだたくさんある今日の時間。
とりあえず、美月に聞かれるだろうことに答える、準備でもしておこうかな…?
To be continued...