物語

□incomplete Love:08
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宙に浮いているような感覚がした。
光が瞼の裏を刺激するものだから、私は仕方なく瞼を開く。
もう少し寝ていたかったのに。
一体私を起こすのは、誰?

開けた視界。
そこは、何もない場所だった。
瞬間的に理解する。
ああ、私はまだ夢の中にいるのだと。

こんな空間、現実には存在しえないから。
だから宙に浮くような感覚がしたんだ。
でも、どうにもはっきりとした夢だ。
普通夢の中と言うのは、夢だと自覚することは出来ずらいはずなのに。
でもどうして、私はこんなところにいるんだろう?


そう思った瞬間、いきなり世界が光りだして、私は思わず開いたばかりの瞼をまた閉じるはめになった。
しばらくたって、私はまた目を開く。
そこには、信じられない光景が広がっていた。



「え…?」



大きな大きな和室。
そこには一人の少女が座っていた。
歳は7、8歳頃。
黒いストレートな髪は肩口で綺麗に切りそろえられていて、服は白いワンピース。
そして少女の目の前には、数々の豪華な料理が並べられていた。
きっと少女のために用意されたものなのだろう。
でも、少女の表情はうかない。
ともすれば、今にも泣き出してしまいそうなほどに歪んでしまっていた。

私は息をのむ。
嫌だ、見たくない。
私は本能的に半歩下がってこの場を逃げ出そうとした。
でも振り返った先には、ふすまはおろか壁すらも存在しない。
何もない空間に、この和室だけが浮いているような世界。

それでも、私はどうしてもこの光景を見ていたくなかった。
少女の悲しそうな表情が、怖いくらいに胸を疼かせる。
冷や汗が流れて、手が震えだす。

いやだ。
いやなんだ。
これ以上、此処にいたくない…!!


そう必死に思うのに、私の思いとは裏腹にこの空間から逃げ出すことはできなかった。

その時、背後でふすまが開く音が聞こえた。
振り返ってはいけない、本能的にそうわかっていたのに私の体は何かに操られているかのように振り返ってしまう。

そこには、一組の男女の姿。
その男女の足元には、母親らしい女の足に縋りつく3、4歳の女の子の姿。

その女の子を見た瞬間に、私の心臓が一際どくんと音を立てる。
いや、いやだ、見たくない。
見たくないのに…っ!!

座っていた女の子が、ふすまの開く音に反応して振り返る。
そして嬉しそうな表情を見せた。
でも、そんな少女の反応とは対照的に、冷ややかな視線で少女を見下ろす男女。
そして男女は、冷たい瞳を少女に向けたまま口を開いた。



『なんだ、まだいたのか』


『あ、あの、あのね、私、お父さんたちと一緒に食べたいなって…!』


『私達、もう椿と食べてきちゃったから』


『え?』


『さぁ椿、向こうでお母さんが絵本読んであげるからね』


『うん!』


『さっさと食べてお前は部屋に戻りなさい。終わったらそのままにしといてかまわない』



そういうと、男女は”椿”と呼ばれた少女をつれて部屋から出て行った。
一人部屋に残された少女は、呆然と男女が出て行った後を見つめたまま動かない。
そして少女は、すくっと立ち上がると目の前の料理に手をつけることなく、小走りで部屋から出て行った。
目元を、一生懸命小さな手でこすりながら…。


少女が部屋を出て行くと、世界は一瞬にして姿を変えた。
元いた、何もない世界に逆戻り。

でも私は、その場から動けずにいた。
呆然と、少女がいたはずの空間から目が離せない。

胸が痛い。
こんな痛み、とうに慣れたはずなのに。
やむことのない痛みと動悸に、私は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。


違う。
違うんだよ。
ただ、一緒にご飯を食べてほしかっただけ。
一瞬でもいい。
笑顔を向けてほしかった。
嘘でもいい。
”愛してる”と、言ってほしかった。

頭を抱えて、痛みをどうにか振り払おうと左右に動かす。
でも、増すばかりの痛み。
自然と目からは、涙が溢れていた。


やだよ、父さん、母さん。
私を見てよ。
私を愛してよ。
いらないとか言わないで。
父さん、母さん…
ちょっとでいいんだよ。
笑顔を向けて。

どうか
どうか



私を、捨てないで…っ!!



『楓…っ!!』








誰かが私を呼んだ気がして、私は目を覚ました。

開けた視界。
そこには、見慣れない天井と…



心配そうにこちらを見る奏出矢さんの姿があった。








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