1st外.
□01はじめて声を殺して泣いた日
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ロマリアでその子供を助けたのは、ほんの気まぐれからだった。
賭博で盛大にスッた男がその鬱憤を晴らそうと、近くにいた孤児であろう子供の腹を蹴り上げたのだ。
案の定子供は派手に咳き込む。
あえて助けた理由をつけるのなら、ニヤつく男の顔にムカついたのと、見ていて胸糞が悪くなる光景だったにもかかわらず、道行く人間は素知らぬ顔で無視していたことが気に食わなかったからだ。
おまけに子供はせっかく助けたのに、礼も言わずに逃げるように走り去った。
まったく、今日はツいてない事だらけの一日になりそうだったが、今までの人生を振り返れば、なんら痛くも痒くもない。
ただ、今日は少し肌寒い。人肌が恋しい。どこかで適当に女をあしらって温もろう。自分の容姿ならそれが容易く出来る。ゼフィルはそのことを十分に理解していた。
その夜だった。
肌身離さず持っていた首飾りをなくしてしまった。
ただの首飾りじゃない。顔ももう覚えていない父オルテガからの贈り物だ。
オルテガが命を落とす前の年のゼフィルの誕生日に、それは贈られてきたのだ。
父のことは恨んでいる。
なぜなら自分が苦しみ、祖父と母を悲しませた原因を作った男だからだ。けれどもゼフィルにとって、それがオルテガから唯一残されたもので、なんとなく手放せず今日まで持っていたのである。
昼間に立ち寄った所はくまなく探したが、首飾りは見つからなかった。
たいして大切なものではない。と思っていたのだが、なぜか胸にぽっかりと大きな穴が開いたようで、不思議に思う。
世界はこんなにも寂しかっただろうか。
遠目からは分からなかったが宿屋の入り口近くに小さな影があることに気付く。
ゼフィルが近くまでいくと影は立ち上がり、拳を差し出した。
「…これ、落ちてた」
子供が差し出された拳を広げると、指輪が姿を見せた。
シンプルでそれでいて優雅な美しい女神が彫られた指輪だ。
思わずその指輪を凝視する。
ずっと探していたものだ。
「よかった…」
小さな手から指輪を受け取ると、安堵からかその場に座り込んでしまった。
父から指輪を贈られたとき幼いゼフィルの指には緩く、失くしてしまいそうだったため、鎖を通し首飾りにしたのだ。
そこでやっと気付く。
指輪を届けてくれたのは昼間助け起こした、くすんだ灰色の髪に金色の目をした子供だった。
その場でへたり込んだゼフィルを驚いたように見ている。きっといきなり座り込んだゼフィルに驚きその場を離れるタイミングを逃したのだろう、少し悪いことをしたな、と思いながらも言い訳を言う。
「…これさ、父親からもらったものなんだ。俺、国じゃ父親のせいで人形でさ、なのになんか手放せなくて…」
何だかいってて悲しくなってきたが、まだ肝心なことをいっていない。子供にいっても意味が解らないだろうが、それでも止まらない。きっとどこか吐き出す場所がほしかったのかと思う。
「なんかかっこ悪りぃな、俺。なんだかんだ言っていっつも言いなりで、中途半端で…」
でもそんなことを言いたいんじゃない。
「捨てたいのに捨てきれない、自分でも女々しいヤツだって呆れる。…でも」
そこで一息。
「…ありがとう」
かなり遠回りになったが、やっとお礼をいった。
子供は目を数回しぱしぱと瞬いた後、自分と目を合わし少し不安げに言った。
「ち、ちがう、人形じゃない。あんたの手はちゃんと暖ったかかった」
突然のことに驚く。まさかちゃんと聞いてくてれていたとは思わなかった。
子供は続ける。
「助け起こしてくれた時のあんたの手はちゃんと暖ったかかった。人形の手は暖ったかくないよ、だからあんたは人形じゃない…と思う」
そこまで言うと脱兎の如く逃げ出した。
子供の言葉に衝撃を受け、ただただぽかんと子供の後姿を見つめる。
誰かに勇者でない自分の存在を肯定されたのは初めての事だ。
子供にとっては取るに足りない出来事だったのかもしれないが、ゼフィルの胸には深く刻み込まれる。
気が付けば何か生暖かいものが頬を伝う。
ゆっくりと頬に手をやり、はじめて自分が泣いていることに気が付いた。
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