1st.
□06世界の中心と勇者の心
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右、よし
左、よし
冷たい石で造られた塀をよじ登り、ひらりと神殿内部へと侵入を果たす。
ああ、なんだこの久々に味わうスリル…
こう見つかるか見つからないかのギリギリを見極める緊張感…
獲物を見つけたときの喜びと興奮…
なんか…
なんか……!
ああ、ごめんなさいお母さん、じゃなくてナビエル。
あんなに「悪いことしちゃいけません!」「人のもの盗ったらだめです!」「スるなんてもってのほか…!」「食事の前には手を洗う!」「服は脱ぎっぱなしにしない!」って口を酸っぱくして言われたのに…(って最後のは関係ないか)
やっぱり俺って盗賊が天職みたいだ!
そう、いつか盗めない物は無い伝説の盗賊にでもなって、世界を股に掛けて有名になってやる!
…有名になったら父さんと母さんもきっと気付いてくれるだろうし、な。うん。
頭いいな、俺。
それでいつかみたいな花嫁みたいに綺麗に着飾って、
って何考えてんだ俺は!?
いやいや!最後のは思いっきり関係ないだろ、俺!しっかりしろ!
ブンブンと頭を振って邪念を振り払う。
「…!」
人の気配に咄嗟に近くの柱に身を隠す。
間も無く神官が角から現れ、通り過ぎた。
そっと息を付く。
…駄目だ。
こんな雑念ばっかりで集中力が散ってばかりじゃ。こんなのいつまで経っても一人前だって言えねぇ…
思い出せ、あの頃の緊張感。
あのギリギリで生き抜いてきたロマリアでの日々を。みつかったら死ぬと思え。
………
よし。
気持ちを入れ替え、さらに神殿内部へとそっと身を進める。
「お願いします神官長様、もう一度チャンスを下さい!」
突然聞こえた声にドキッとする。心臓が出るかと思った。
「しかしアリーリア、あなたのお父様からは、戻るように言われているはず…。余りご家族の方に心配をかけてはいけませんよ?」
「お願いします!次、次にちゃんとできなかったら大人しく家に帰ります。だから…」
「…わかりました、では次は必ず頑張りなさい。日時は後ほど連絡します」
「ありがとうございます!」
かつかつと靴音が遠ざかってゆく。
なんだか変な話を盗み聞きしてしまった。
こっそり様子を伺うと、神官服を着た若い女が「よし!」と握りこぶしを作っていた。
えーと、とりあえずがんばれ!と心の中で応援しておく。なにするのか知らないけど、早くここから立ち去ってほしい。というのも、ゼフィルが入っていった入り口はあの女の向こう側だからだ。
早く、いけー!どっか、いけー!
念を送ってみるも敵は手強く、動こうとしない。
「心配しなくても、神殿内部は一般の人でもほとんど自由に出入りできるのよ!おチビさん」
どっきーん!!
ななな、なにー!?みつかった!なんで!?
今度こそ心臓が口から出て来そうになった…
「…うっさい、チビっていうな!」
あはは!と笑うたびに柔らかそうな茶色の毛が揺れる。あ、この色バハラタでみた胡椒を干すときに下に敷いてたやつに似てる。なんだったっけ?
「せっかくだから、お話しましょう!見張りは見習いの役目だけど、暇で暇でしょうがないの!」
どこか太陽を思わせるような笑顔に、確か藁で出来た敷物だったというのをぼんやりと思い出した。
「ふーん、じゃあ君は勇者様についてきたんだ、ちっちゃいのに偉いね」
「ちっちゃくないってば!」
今日三回目になる、いい子いい子と頭を撫でてくる攻撃とかわす。
藁女こと、アリーリアと名乗った女は、この神殿の見習いだそうだ。なんでも、とんでもない落ちこぼれで次に神官になれなければ、家に帰されてしまうらしい。その辺りはさっき盗み聞きしてしまったから、なんとなーく、気まずい。
そんなわけで、そろそろ盗み聞きしてしまった分、ちゃんと暇つぶしの相手をしたんだから、そろそろ本題に入りたい。
「あのさ、アリーリア、ちなみにこの奥はどうなってんのかなぁ?…ちょっと見てきていい?」
小首を傾げてできるだけ可愛らしく、なおかつ無害を装うのがポイントだ。ちなみにハヤトはこれで落ちる。いつも通りのむっつり顔をしながら、そっとこっちにデザートを渡してくれるのだ!
ちらりと期待の目線を送り、アリーリアを見やる。
するとアリーリアは、にっこりと笑顔で…
「もちろん、駄目よ」
バッサリと切り捨てられた。
「…ケチ」
「こればっかりはね、どうしても駄目なのよ。…大切な、試練なの」
頬を膨らませる俺を宥めるようにアリーリアは、本日四回目のいい子いい子攻撃を仕掛ける。…今回ばかりは避けれなかった。だってアリーリアは本当にすまなさそうにしていたから。
「…心配しなくても、きっと今夜辺りには帰って来られるわよ。もう少しだけ待ってあげて?ね?」
「………わかった」
その言葉に免じて今回は大人しく帰ることにする。
でも、この後やっぱり何が何でも行けばよかった、と死ぬほど後悔することになってしまう。
ゼフィルはその日の晩、アリーリアの言ったとおり帰ってきた。全身のボロボロの意識がない状態で。
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