1st.

□06世界の中心と勇者の心
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「…ハヤト、少しは落ち着いたら?」

 行ったり来たり、行ったり来たりを繰り返すハヤトにナビエルがやんわりと嗜める。
 するとハヤトは悪戯がばれた子供のような、罰の悪そうな顔をした。いつだって鉄仮面を被ってるみたいに表情を崩さないのに、珍しいモノを見た。まるで叱られた後の子供のような幼い顔。
 ハヤトでもこんな顔するんだな。
 が、それも直ぐに引き締まる。

「…少し体を動かしてくる」

 そんなハヤトの様子に、何時だったか旅の途中で立ち寄った町の教会兼診療所での出来事を思い出す。
 出産を迎えようとしていた若い夫婦とその娘。
 苦しげに呻く妻の声を背に不安げに視線をさ迷わせ辺りをうろうろとする夫と、うっとおしそうにその様子を見守る娘…


 −−−…お父さん、少しは落ち着いたらどう?


………


 やっべぇ!
 ハマリすぎてる!!


 気を抜けばブッと噴き出しそうになるのを堪えながら、噴き出したら最後、きっと腹わたがよじれるまで笑い転げる。

「ハヤト」

 振り返るハヤトにニマニマとしながら声を掛ける。

「心配しなくても、無事産まれるよ」

「「!?」」

 どうやら俺も頭のネジが一本とんでるみたいだ。



 部屋を後にするハヤトの背中を見送りながら、俺は椅子に背を預ける。足をブラブラと動かしてハッと我に反り、恐る恐るナビエルの様子を伺う。
 椅子に座ると悲しいことにチビな俺の足はいつも床には届かない。だからいつも持て余した俺の足はブラブラと勝手に動く。そのたびに「行儀悪いわよ」と怒られるからだ。
 だが、ナビエルはそんな俺に気付く事なく手にした本にひらすら心を奪われている。
 …と思っていたのだが。

「ナビエル」

「なに?」

 俺と目を合わしたナビエルに、にまっと笑いかける。

「本が逆さまだ」

「!」

 俺の一言に自分の失態に気付き、真っ赤になる。
 これもまた珍しいモノを見た。
 ナビエルの心を占めていたのは本じゃなくて、ゼフィルの安否。

「ちょっと俺も体動かしてくる!」

 それだけ言うと逃げるように部屋を飛び出た。



 二人が動揺しているのは、それだけゼフィルが心配だからだ。大切な仲間だと想っているからだ。
 そう思うと俺の事じゃないのに、何故か心がほんわりと暖かいものに包まれたような感じになる。
 そしてなんだかくすぐったい。

でも二人が心配してるように、俺だってゼフィルの事、心配してる。
 あいつの事を思うと今にも駆け出したくて、足がうずうずと落ち着かない。
でも"しきたり"で、駄目で、どうしようもなくて、

「あーーー!もうっ」

 バリバリと頭を掻きむしると、近くを歩いていた神官がぎょっとしてこちらを振り返る。
 まさか見られてるとは思わなかった。
 気恥ずかしくなり、んだよ見せもんじゃねーぞ、と口の中だけで毒づいた。以前の俺なら間違いなく喧嘩を売っていたから、ちょっと温厚になった自分を褒めてやりたい気分だ。
 いや、だからと言って以前の俺が決して俺が喧嘩っ早いという訳じゃなくて、俺がいた世界は舐められたらおしまいの見栄とハッタリが必要なスラムで生きていたからで、そりゃちょっとは頭にカッときて口より先に魔法をぶっ放したりしたこともあったけど、それは不可抗力というもので、だから俺は喧嘩っ早い訳じゃなくて…
 頭の中で誰にするでない意味の分からない言い訳がぐるぐると回る。

 ああ、もう早く戻って来いバカゼフィル!

 こんな所でうじうじと心配してるなんて、そんなの俺の性に合わねぇ。

 再び頭をバリバリと掻きむしる。なんだかもう、なりふり構わず地面の上を転がり回りたい気分だ。
 そんなとき、こんな悩みなんか一瞬で吹き飛ぶ名案をピーンと閃いた。頭の中のもやもやが一気に吹き飛んだ。
 しきたり?んなの俺の知ったこっちゃねぇ。
 何でこんな簡単な事思いつかなかったんだ、と数時間前の自分を罵倒したい気分だ。

 今からでも遅くない、こっそりゼフィルんとこに行けばいいじゃんか。


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