1st.

□05揺れる船と世界の事情
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「古きより伝わる紅蓮の旋律、赤の示威、彼の者どもを灼熱の大地へと誘わん、ベギラマ!」
「紅鱗の翼竜、轟くは紅蓮の咆哮、願わくばその欠片を我が手に遣わさん、メラ!」

 俺が魔法を放つのとゼフィルが魔法を放ったのは、ほぼ同時だった。ゼフィルが放った炎が勢いよく広がり、辺りの雪を溶かしながら奴らを攻撃する。俺の放った火球は近くにいた氷で出来た魔人に当たった。小気味よい音を立てて体の一部を溶かす。

「天より出でし救いの御手よ、傷つきし者の為に大いなる慈悲をもたらさん、べホイミ」

 後ろではナビエルがハヤトの傷を癒す。ハヤトはきっと大丈夫だろう。

「氷河魔人3体にスノードラゴン1匹か…!」

 強張った顔でゼフィルが魔物の名前を言う。

 右側にいた氷河魔人が拳を勢いよく地面に叩きつける。全身の筋肉をバネにし跳躍したゼフィルがマントを靡かせ、そのまま振り落とされた腕の上をを走り伝う。慌てる氷河魔人にもう一匹が駆け寄る。
 同じ頃、俺は見事な体躯のスノードラゴンと氷河魔人の一体に挟まれ窮屈な思いを味わっていた。何食ったらこんなにでかくなるんだ、とか、山みてえだ、とか両者に睨まれながらのん気なことを恐怖に痺れる頭で考えていた。
 口を開け氷の息を吐き出す氷河魔人。咄嗟に腕で顔を覆うも刺すような冷気に体の全てが凍りつきそうだ。凍える手でブーメランを握り締め、息吹がおさまると氷河魔人目掛けて投げる。
 それと同時に傷が癒えたハヤトも駆け出す。

「愚かなる者たちよ、永劫の束縛を受け、その身を衰えさせん、ルカナン!」

 ナビエルの魔法が完成する。

「本でしか見たことないってのに、勘弁してくれ!」

 氷の腕を伝い、氷河魔人の顔面に辿り着いたゼフィルが額に剣を思い切り突き立て葬る。
 絶命した氷河魔人から降り立つゼフィルに、仲間を殺された怒りにもう一体の氷河魔人が襲い掛かる。
 間一髪で攻撃と避けるも、拳を叩きつけた拍子に砕けた氷の破片が鋭い刃となって体を傷つけていた。そのうちの大きい一つが肉を裂き足に深く食い込む。
 端正な顔を痛みに歪ませながらゼフィルがもう一体へと剣を構え、攻撃に備える。
 ブーメランに気を取られていた氷河魔人は対応が遅れ、ハヤトによってナビエルの魔法により脆くなったその氷の手を破壊される。
 俺は手元に戻ってきたブーメランを今度はスノードラゴンに投げながら、腰から聖なるナイフを抜き取り、手が破壊された氷河魔人の目の部分へと全体重をかけ思い切り突き刺す。
 暴れまわる氷河魔人に足を踏ん張りナイフを抜き、離れたところに着地する。刹那気が付けばスノードラゴンの白い鱗が目の前まで来ていた。腹に強い衝撃。

「…かはっ!」

 視界がぶれ、雪の中に埋もれる。尻尾で払われたらしい。
 幸い雪がクッションになり背中はそんなに痛くないが、近くにあった氷塊で頭をぶつけたらしく額から生暖かい血が流れる。死に物狂いで雪を掻き分け顔を出す。
 氷河魔人は全部倒したようだ。残るはスノードラゴン。
 対峙している二人にもさすがに疲労の色が目立つ。迫り来る牙や爪を何とか避け、致命傷をかわしている。対するスノードラゴンも無傷ではない。
 だがゼフィルは足を怪我し、ハヤトもあちこち裂傷が目立ち、ナビエルの回復が追いつかない。このままだと、全滅、
 一瞬でもそんなことを考えた自分を呪う。何か、何か、俺にも出来ることが、きっと。
 辺りを見渡し閃く。
 息を切らせながら、盛り上がった小高い雪に上りスノードラゴンの目線と同じ高さになる。
 声を張り上げ、俺の存在を主張する。

「こっちだ!!」

 俺の存在を確認するや目に殺気を漲らせ、突進してくるスノードラゴン。勢いよく突っ込み小さな雪山を崩す。崩れていく雪の中、何とか足場を確保しよろめきながら逃げる。

「ハァァ…!」

 そのあいだに回り込んだハヤトが無防備な柔らかい横腹に会心の一撃を放つ。
 巨大な体躯を揺らしながら地響きをたて、ゆっくりと雪の上に横たわった。
 スノードラゴンがさっきまでは生きていた証として体のあちこちの傷から流れ出る血。その温かな命の源である血が氷を溶かしているのをぼうっと見つめる。
 終わった。
 息を荒く付きながら、疲労と緊張の弛緩によりガクガクと震える膝を奮い立たせ、ゆっくりと立ち上がる。心臓の音がやけに耳障りに聞こえる。
 ほんの少し小高い雪の上から見下ろし全員を確認する。ゼフィルは足を怪我しているし、ハヤトはほぼ全身を怪我している。俺だって腹が痛いし、頭から血を流している。唯一無傷のナビエルも度重なる魔力の消費に疲労困憊だ。
 でも勝った。
 無傷とはとても言い難いが、生きている。それは何よりも幸福なことだ。
 ゆっくりと息を吸い込み、皆の名前を叫びながら転がるように雪の斜面を滑り降りる。

「ゼフィル!ハヤト!ナビエル!!」

 俺にも出来ることが、あったじゃないか。

 いつのまにか雪は止んでいた。

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