1st.

□05揺れる船と世界の事情
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「え、流されてんの?」

 意味が分からず聞くのはお子様盗賊リゴットこと俺。

「…流されてるわね」

 神妙に眉を寄せながら答えるのは艶やかな藍色の髪を持つ僧侶ナビエル。

「それって遭難したって事か?」

 顔を引きつらせながらも努めて笑顔で状況を確認するのは絶世の美形の女たらし勇者ゼフィル。

「そういうことになるな」

 いつも通りの様子で肯定するのは鋭い目つきが印象的な武闘家ハヤト。

 俺たちは遭難してしまった。

 ポルトガから船を出し、陸に沿って進むこと数日。灯台守から教わったテドンという村を目指し船を進めていた。左に陸、右に海。陸に沿って進めば直ぐに着くと教えられていたが、悲しいかな、全員船の操縦は初心者だった。
 一番初めに気付いたのはナビエル。後方に島、もとい大陸が見える。というか遠ざかっている。慌てて引き返そうとするも風が強くどんどん船は進んで行く。急いで帆をたたみ引き返そうとしていたときに、魔物の襲撃。そして戦闘の衝撃か頼みの綱のコンパスが壊れていた。
 あっという間に陸は見えなくなってしまった。
 とりあえず船を引き返すもいつまでたっても陸は見えてこず。どうやら先の戦闘で船の方向がいつの間に変わってしまっていたらしい。
 とにかく俺が気付いた頃には右も左も後ろも前も見渡す限りの海で囲まれていた。

「それよかルーラで近くの町にいかね?どっちにしろコンパス無しで航海できねえし」

「それもそうね…」

 ゼフィルが提案、ナビエルが同意。ハヤトの沈黙も賛成とみていいだろう。
 呪文の詠唱をしようとちょいちょいとゼフィルが俺を手招きする。ルーラの効果範囲は術者とそれに密着しているものらしいので、そのままゼフィルと手を繋ぐ。繋いだ部分がほんのりと暖かくなるのを感じながら、辺りを見回す。
 ハヤトはゼフィルの肩に手を置き、そのハヤトの腕にナビエルが触れている。広い甲板に四人ひと纏まりになっているから、ただでさえ広いのに余計に物寂しく感じてしまう。
 この船ともしばらくお別れだ。…お別れ?ちょっと待て。

「船はどうすんだ?」

「「「………」」」

 全員しんと黙ってしまった。ひょっとしていけないこと聞いたか?

「…盲点だったわ」

「そういやそうだよな…」

「またポルトガで貰うわけにもいかんしな」

 全員神妙な顔でため息をつく。

「ルーラは最後の手段で。食料も当分あるし、とりあえずこのまま船を進めようか」

 遭難7日目。
 …特に変わったことなし。相変わらず海ばかり。たまに大きいイカがやってくる。炙り焼きにするとなかなか美味い。
 遭難?日目。
 日にちを数えるのが面倒臭くなってきた。
 遭難??日目。
 とうとう見える景色に変化が訪れる。
 ひらひらと白い欠片がゆっくりと舞い降りる。手のひらに落ちたそれはひんやりと冷たく、しばらくすると手の体温によって水になった。

「…雪だわ」

「…雪?」

「上空が冷たいと大気中の水分が冷やされて、結晶となって落ちてきたものよ」

 ナビエルの説明を聞きながら空を見上げる。

「風邪を引くといけないから、着替えてきましょう」

 ナビエルに促され船内に入り着替える。

「こんなことなら毛皮も買っておくべきだったわ」

 手渡された厚手の上着とズボンに履き替える。

「ハヤトにも上着を持っていくわね」

「おう」

 ナビエルと別れ部屋を出る。
 船内から窓で外を覗くと、初めは数えるほどしか落ちてこなかった雪が少しづつ増えてあっという間に世界を白く変えていく。とても不思議な感覚だ。
 二の腕を擦りながら船内をうろつく。

「何やってんだ?」

 木の椅子を解体していたゼフィルを見つけ、声を掛ける。

「薪は船に積んでないからな、こうやって燃えるようなものを作って暖炉で燃やして、凍えないようにしてんだよ」

 椅子を解体し終わり、ふうっと一息つく。

「よし!あとは美女の柔肌とホットチョコがあれば最高なんだけど」

「ほっとちょこ?」

 一部聞き捨てならない事を言っていたが、聞きなれない単語に首を傾げる。

「すんげー甘くて体が暖まる飲み物だよ」

「うまい?」

「こういう寒い日には最高」

 わしわしと頭を撫でるゼフィルの手をぺしっと払う。

「手厳しいなぁ」

 俺から払われた手をもう片方の手で撫でながら、ほんの少し苦笑いを浮かべる。

「今度ホットチョコ作ってやるよ」

 にっこりと笑って俺に言った。ほんわりと胸が暖かくなり意味もなく鼓動が早くなる。
 嬉しくもなり、熱くもなり、最近の俺はやっぱり何か変だ。

 甲板が雪で真っ白になる頃、見張り台にいるハヤトの声が船に響いた。

「向こうに何か見える!!」

 見上げるとハヤトの他に見慣れた藍色の髪が風に靡いているのが見える。
 指し示す方向を見ると、遥か向こうの水平線と一緒に鈍色の大地が、その姿をほんの少し覗かせていた。

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