1st.

□05揺れる船と世界の事情
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「二人で何してんの?」

 甲板へと現れたゼフィルに、ハヤトと二人顔を見合わせにんまりとする。

「よし、早速ためしてみろ」

「おう!」

 ハヤトに促されゼフィルのそばへと寄ってそっと胸倉を掴む。

「?」

「てやっ」

 疑問符を浮かべながら突っ立っていたゼフィルに勢いよく足を引っ掛け、バランスを崩させる。そのまま傾く体を背負い足を踏ん張る。重心を移動させゼフィルをひっくり返しそのまま重力を利用して仰向けに甲板へと叩きつける。

「ぐえ!?」

 カエルのような声を出し、今だ状況が把握できないらしく、呆然と俺を見上げる。
 顔がニヤけるのを抑えられない。いつもは背が低い俺はゼフィルを見上げているが、今回はゼフィルが下。俺が見下ろす形となっている。気分がいい。
 ゼフィルの顔を覗き込む。蒼い瞳に俺が映りドキリと心臓が跳ねる。綺麗な瞳に見惚れながらも微笑み一つで世の女を瞬く間にメロメロにしてしまう美形もこうなっちまえば形無しだな、とぼんやりと思う。
 しばらくぼけっと間抜けズラを晒していたが、やがて顔に理解の色が広がった。

「な、なにすんだよ!?」

「練習だよ、な?」

 ゼフィルを押さえ込みながらもハヤトへと視線をやる。

「む、なかなかのものだ」

「だからって俺を実験台にすんなよ」

「あ?だって他に相手いねぇんだもん」

 ハヤトに褒められた俺は上機嫌に返す。

「俺の上に乗っていいのは美女だけなんだよ!」

 ゼフィルの台詞にカチンとくる。あー、またなんかムカムカしてきた。

「夢の中で乗ってもらえ!」

「いっで!」

 思い切り脛を蹴飛ばす。ゼフィルの悲鳴を聞きつつ、ふんっと鼻を鳴らしその場を後にする。
 ポルトガにて黒胡椒と引き換えにようやく船を手に入れた。
 今までは世界を巡る手段として、『船』という目的があったが、ようやく手に入れてみるもどこに行けばいいのかも、漠然としすぎてわからない。とりあえず灯台守から教えて貰ったテドンという村を目指し船を進めている最中だ。
 波に合わせて揺れる床に初めは慣れなかったもののすっかりと慣れ、今では先ほどのようにハヤトに稽古をつけてもらったりしている。
 バハラタの誘拐事件から自分の無力を痛いほど痛感した。それどころか人質になってしまい、足を引っ張る始末だ。以前より多少は強くなったものの正直まだまだ、他の皆の足下にも及ばない。
 ゼフィルのように剣と魔法、両方こなせない。魔法は俺でも使えるが威力が絶対的に足りない。ゼフィルが使うメラと俺が使うメラを見れば一目瞭然だ。
 ハヤトのように力も強くない。素手なのにその拳からでるパワーはそれこそ岩をも砕く。絶対俺には無理な芸当だ。そして素早い。素早さは俺の特技なのに。
 一方ナビエルは力は弱いが、傷を癒すことが出来る。傷付いた者を優しい光で包み込む、何事にも変えがたい力だ。
 俺には一体何ができるんだろう?
 そしてバハラタから妙なことにムカムカと腹が立ちとイライラ神経と尖らせてしまう。
 不穏な火種が胸の中で燻ぶっている感覚。特にバハラタのレティとの別れのことを思い出すと、得体の知れない怒りに支配されてしまう。寝る前にふと思いだし、ぼすんぼすんと枕に顔を何度も埋めたりなどしょっちゅうだ。
 絶対ストレス溜まってるよ、俺。
 こういうときは気分転換に限る。物置にある竿を引っ張り出し、ゼフィルたちとは反対側の甲板の手すりに座り釣りを始める。
 いつまでも変わらない水平線。どこまでも青い海が続く。こんなに広い海を見ていると、いかに自分の悩みがちっぽけな事がよく分かる。でも俺には大変なことなんだよ!と海にまで反感が湧いてくる。いやいや、落ち着け俺。
 ポルトガで聞いた波の音を聞きながらゆっくりとそれに合わせて揺れる船に身を預ける。よし、ちょっと落ち着いてきた。

「…ふうっ」

 竿がくいっと弱く引いている。やった、釣れた!と思いながら嬉々とし竿を引く。
 雫を滴らせながらざばっと海から出てきたのは奇妙な生き物だった。

「なんじゃこりゃ?」

 白いスライムのような形に下から触手の様なものが何本か生えている。ふるふると体を震わせながらこっちを見ている。謎の生物の視線を合わす形となっている。
 手を伸ばし、つんつん、と突いてみる。
 するとそれはしっしっとするように触手で俺の指を払おうとする。なんだか面白い。
 もう一度つんつん突いてみる。

「いぃ…っ!?」

 指にチクリとした衝撃が走る。触手に触れられた瞬間全身が硬直して動けなくなってしまった。
 俺が固まっている間にそれは器用に触手で釣り糸を外し再び海へと帰ってゆく。お、おい、ちょっと待て。
 その出来事から小一時間たった後、近くのでも少し遠い甲板からのんびりとした声が聞こえてきた。

「精が出るわね、今日の夕飯楽しみだわ」

 そんな皆が俺の異変に気付いたのは、とっぷりと日が沈んだ後だった。

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