小話

□中学生×家庭教師
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「あ、お帰りですよ、師匠ー」
「ん、ただいま姫ちゃん」

自宅であるアパートに帰ると、姫ちゃんが窓から身を乗り出して、僕を呼んだ
姫ちゃんは、訳あって高校生なのにひとり暮らしをしている。
僕の事を師匠と呼ぶのは僕が彼女の家庭教師だからある。
彼女曰く『だって師匠、先生って感じじゃないですしー』らしい。
この調子だと僕はこの先誰からも先生と呼ばれる事はないだろう。戯言だけど。

「おや、師匠何だかご機嫌ですね?」
「ん…?いや、別にそうでもないんだけどね」
「いえいえ、纏うオーラがぼんやりしてます」
「僕は幽霊か」

正しくはほんわか、だろうか?
別にそんな事はないと思うけれど。

「それに何だか表情が柔らかい気もするですよー。何かいいことあったですか?」
「大学行って家庭教師行って買い物行ってきただけだよ」
「ふぅん?そうですか。ねぇ、その家庭教師してるのってどんな人ですか?」
「中3の男の子。見た目も中身もちょっと変だけど、頭はまぁまぁいい」
「ですかー。だったら姫ちゃんに連れ去りでも大丈夫ですよね?」
「付き切りね。なんで僕誘拐されてんだよ」
「何だかその中3の男の子は姫ちゃんのライバルのような気がするので持ち駒として師匠を確保しておくのですよ!」
「姫ちゃん、将棋の玉ってどう動けるかわかる?」
「下品です…」
「いや読み方違うから」


『たま』ではなく『ぎょく』である
頭のリボンを揺らしながら家の中に引っ込む姫ちゃん。
姫ちゃんはああ見えて勘の鋭い子だ。僕なんかよりもずっと色んな事に敏感だから、もしかしたら僕は今上機嫌なのかもしれなかった。
まぁ、確かに、と僕は左手に下げた買い物袋を見下ろす。
生徒に差し入れで飴を大量に買うくらいには、僕は上機嫌かもしれない。
アメとムチ、みたいな。
姫ちゃんはともかく人識君は甘いものは好きだろうか。


……上機嫌?


いや、彼の個人的な事情の断片を聞いて、らしくもなく感傷的になっているだけだと、僕は首を左右に振って自宅へと入って行った


めったに動かない表情筋が緩んでいるのは、多分気のせいだ。そう言いきかせながら。
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