小話

□中学生×家庭教師
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カリカリと、シャープペンシルを紙に走らせる音がする。
僕はその音を聞きながら、何となく右隣の少年を見た
刺青は右側に入っているので、こちら側からは見えない


「……人識君てさ」
「あん?問題解いてる間に話かけんなよいーたん」
「その呼び方やめてくれないか?」
「なんでだよ、可愛いじゃん。いーたん」
「可愛いのは君だろ」
「いやいやいーたん程じゃないぜ。俺はまだ中学生だけどいーたんはもう大学生でその可愛さだからな。全く傑作に反則だぜいーたん」
「…………。いや、そんな事が言いたかったんじゃなくて。もう一ヶ月くらい見てて思ったけど、人識君て飲み込み早いよね。正直中学の勉強なんてしなくてもそこそこ出来るんじゃ?」
「あー、正直学校とかたりぃからサボるだけであって別に勉強は嫌いじゃないってのもあるかな」
「あ、そうなんだ。じゃあ受験する気がないっていうのは?」
「進学する気がないからに決まってんだろ。俺はこの家にいつまでも居座るつもりはない」
「ふぅん。大した自立心だね。じゃあどうして勉強する気になったんだ?」
「しらねーよ。気が向いただけだ」
「…………そう」

まるでどうでもいい事のような返事とは裏腹に、人識君は問題に没頭している。数学は彼の得意科目だった

「いーたんはさ、」
「何だよ。君さっき話しかけんなって言ったじゃないか」
「家族ってどう思う?」

家族。
カゾク。
かぞく。

「………それは受験と関係あるのかな」
「さぁな。俺に聞くなよ」
「じゃあ僕にも聞くなよ」
「なぁいーたん。抱きしめてよ」
「何でだよ」
「じゃあ抱きしめるから動くなよ」
「はぁ?ちょっとこら。人識く」

勉強しろよ、とは言えなかった
放せ、とも言えなかった

「俺が思うにはさ、家族って」

ぎゅう、と力をこめられる

「核ってことなんだと思う」

そして彼は、あ、これは核家族とかそういう意味じゃなくてな、と付け加える。

「俺にはその核って奴が希薄だ。確固たるものがない。だから」
「だから?」
「受験してる場合じゃねぇんだよ」
「……ふぅん?」

よくわからなかった。
とりあえずそろそろ苦しくなってきたので、ぽんぽんと背中を叩く。
人識君は少し名残惜しそうに、僕から離れた。

「なぁ、いーたん」
「なんだよ」
「たまにでいいから抱きしめさせろよ」
「何だか誤解生みそうだな、それ」
「じゃあ毎日抱きしめさせろ」
「何で増えてるんだよ」
「毎日やってればそれが普通になるだろ」
「異常が通常って事か」
「だめか?」
「……いいよ。僕でいいなら、だけど」
「かはは、サンキューいーたん」

僕は一体何をしているのだろう
この目の前の、常に笑っているくせにどこかに寂しそうな少年に、
かつての自分を重ねているのだろうか

……かつて?
今も似たようなものではないのか?

「……戯言だ…」

口にはださず、呟いた
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