小話

□中学生×家庭教師
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人識が渡米した日から、半年が過ぎた。
お互いメールは苦手だったから、通話料を気にしながらの電話した。
肉料理がやたらと多いとか、一つ一つがいちいち大きいだとか、筋トレしないと馬鹿にされるだとか、くだらない話ばかりを延々とした。

僕も人識も、好きだとか会いたいだとか、そういう会話は全くしなかった。電話もメールも、たわいない世間話ばかりだった。

哀川さんには「浮気してるかもな」なんて不吉な事を言われたりもしたのだけど、
僕らの関係は元々こんな風だったから、あまり気にならなかった。

僕は毎日のように大学へ向かい、講義を受け、家へ帰って眠る。
多少のイレギュラーはあるものの、概ね規則正しい生活を送っていた。


今日もいつもの通り、アパートの階段を降り、最近運動不足だったしちょっと寄り道寄り道しようかと鴨川の橋の下を意味なく潜ろうとした所で

突然、後ろから足払いをかけられた。


「……かはは。ただいまいーたん」


背後から聞こえる懐かしい声。
よろけた僕は、足払いをかけたであろう後ろの人物に抱き留められる。

「……何すんだよ、人識」
「かはは。なかなか素敵な再会だろ?」
「早いよ。卒業まで待つつもりだった僕の覚悟をどうしてくれるんだ」
「ごめん、待ちきれなかった」
「電話じゃ一言も言わなかったくせに」
「口に出したら我慢出来なくなりそうだったんだよ」
「……あっそ」
「いーたんは会いたくなかったのか?」
「会いたくなかった」
「ぐあっ」
「全然会いたくなかった。君の事なんか電話以外では考えないようにしてたし、君の声や仕草や表情も思い出さないようにしてた」
「つまりめちゃくちゃ俺に会いたかったって事か。可愛いなー」
「全然違う」

……まぁ、考えないようにしても思い出さないようにしても、
無駄ではあったけれど。

ぎゅ、とさらに強く抱きしめられる。小さかった彼は、僕を包み込むくらいに大きくなったらしい。
僕は真っ赤になるのをごまかすために話題を変える。

「……髪切ったんだ。背も伸びたね」
「まぁな。どうよ?」
「僕より身長高くてムカつく」
「ちょ」
「何でたった半年で君が僕を見下ろしてるんだ?おかしいだろ」
「いーたん縮んだ?」
「ふざけんな。いくら成長期だからってこれは反則だろ」
「かはは。肉食うと背伸びるって本当だったんだな」
「しかもなんか体格も良くなってないか?」
「ん?そうか?」
「……悔しいがかっこいい。何だよ。僕はER3でもそんなんにならなかったぞ」
「ああ、この刺青のせいかもな。それであっちのガラ悪くてでかい連中によく絡まれて、逃げたり戦ったりしてたし」
「ふぅん…」

僕は正面に向き合うようにして、人識の刺青に触れる。

「……会いたかった」
「このツンデレめ」
「嘘だけどね」
「この嘘つきめ」
「さて、本音はどっちでしょう」
「かはは。簡単だな」

今度は僕から抱きしめる。
以前とは違い、僕の顔が少し人識の肩に埋もれる形になる。
まるで時の流れを象徴しているようだった。
僕は背伸びして耳元で囁く。

「おかえり、人識」
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