小話

□中学生×家庭教師
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舞織ちゃんに連れられた部屋には、零崎先生が座っていた。

零崎先生はうふふ、と静かに笑い僕を見つめる。
そんな表情で見つめられると逃げ出したくなってしまうのは僕にやましい事があるからだろうか。
そんな事はないはずなのに「無い」と断言できる程の自信もなかった。

「そう固くならないで欲しい。何も尋問しようという訳じゃないのだから」
「はぁ……」
「人識の将来に関して私が思っている事を話そうと思う。……聞きたくなければ部屋を出ていけばいい。舞織ちゃんが案内するよ」
「いえ、聞かせて下さい。何故突然彼をヒューストンに…しかもER3プログラムに送り出そうと思ったのですか?」

そうだ。そもそも彼はER3プログラムどころか受験すらもする気がないとすら言っていたじゃないか。
もちろん人識君がER3プログラムでやっていく事は可能だろう。突出する事は難しいだろうが、帳尻を合わせるだけの要領の良さは持ち合わせている。
しかし、それはあくまで本人にその気があるかどうかが前提だ。

「人識君が、この家を早く出て行きたがっていたのは知っているね?」
「えぇ、本人から聞きました」
「彼には、血の繋がった家族がいない。両親共に既に亡くなっている」
「…………」

まぁ、予測はしていた。
兄妹とは顔つきも体格も似ていないし
心を許していても、人識君の言動や行動は、一線を越えさせない何かがあった。

「何があったかまでは私の口からは言わないでおこう。私は縁あって、彼の保護者となった。今から10年ほど前の話だ」

僕は軽く頷く。

「彼はなかなか難しい子だった。いや、表面的には問題のない優秀な子だ。だが一歩踏み込めば、そこは混沌に満ちている。そして強い何かがある。しかし彼はそこには一切触れさせない」
「零崎先生に対してすら、なんですね」
「うふふ、10年以上も付き合いがあるというのにね」

零崎先生は穏やかに笑う。
しかしそこには自嘲というよりも、愛しい弟を見る慈愛に満ちた表情があった。

「私は、無理に弟の心を開く必要はない。彼がその気になればいつでも受け入れよう…そう思っていた。そんな時に、伊井君、君が現れた」
「僕ですか」
「私は伊井君を一目見た時から、君になら弟の心を開けると思っていた。そして実際その通りになった。しかしそれは少々上手く行き過ぎてしまったようだ。……まさか、君に恋をするとはね」
「……やっぱり、ご存知でしたか。上手く対処できず申し訳ありません」
「君に落ち度はない。……まぁ、スキンシップがあったというなら別だが」

うわぁ…
零崎先生は先程と打って変わったように、突き刺すような目で僕を見据える。
どうやら、ハグの事までは知らないらしい。冷や汗が流れた。
全く、これでは恋人の親に挨拶しにきた彼氏の気分だ。

話題を変えようと、僕は口を開く。

「……でも何故、僕なら人識君の心を開けると思ったのですか?」
「君はね、人識の母親に似ているんだ」

懐かしむような目で、零崎先生は言った。
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