小話

□中学生×家庭教師
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「愛すべき弟みたいに思ってた年下の男にキスされて告白されて、とりあえず保留してたら海外へ旅立つと聞いて思わず動揺して、動揺してる自分にも動揺してるみたいな複雑な顔してるな戯言遣い」
「……人の心を読まないで下さい」

この僕の無表情からどうやってその情報を抽出したのか、とは聞くだけ無駄である。

赤色のスーツに身を包んだ人類最強の請負人、哀川潤はシニカルに笑いながら僕の頭を小突き回した。
彼女が僕の家に居座っている理由は、『京都での仕事前にうっかり空き時間が出来ちまった。暇つぶしに付き合え』
という事らしい。
……いっそ清々しい傍若無人ぶりである。


「うりうり。可愛いやつめ。人生出会いあれば別れあり、それくらいお前だって分かってるだろ」
「いや、いきなり海外と聞けば誰だって動揺しますよ。特に別れが辛いとか、そういう事はありませんって」
「だからといって送り出すのに積極的でもないんだろ?」
「それが彼の為になるのなら、僕は応援しますよ」
「はん、嘘つけ」


哀川さんは小突く手にさらに力を入れた。
…痛い。冗談抜きで痛い。

「哀川さん、それ以上は頭が割れます」
「おうおう、あたしの事を苗字で呼ぶとは良い度胸だ。脳みそ取り出して入れ直せば悩みもスッキリ解決するんじゃねぇか?」
「……やめて下さい潤さん。痛いです」

哀川さんは小突くのをやめると、今度は僕の頭を撫で回しながらニヤリ、と笑った
……嫌な予感がした。

それから、僕は人識君の出会いから今に至るまでの経緯、交わした会話や人識君の人となり
果てには、一人でキスの再現をさせられたり、犯された夢についてまで、洗いざらい喋らされてしまった。

……人として大切な何かを失った気がするのは気のせいだろうか。

「しかし、くだらねー事で悩んでんなお前も」

哀川さんは撫で回し過ぎてぐしゃぐしゃになった僕の頭で、今度は三つ編みを始めた
……いや、そんなに髪長くないはずなんだけど。

「少なくとも思うところはあるんだろ?何で言わないんだ?」
「そんな事言えませんよ。僕は他人の人生に口出し出来る程自分勝手じゃありません」
「そりゃそうだな。でもな、自分の希望があって相手にも意見を求められているくせに伝えないっていうのも同じくらい自分勝手なんだぜ」
「……」
「それは結局、こうして欲しいっていう願望を言わずして相手に読み取ってもらおうと姑息にも思ってるからなのさ。それでいて相手が自分と違う選択をした場合には相手を責めるんだ。それは自分勝手だろうよ」

……哀川さんの言葉が、僕の心をえぐる。

「……彼は、僕に意見を求めてなんかいませんから」
「だからくだらねーって言ってんだ。告白した相手がどう思ったかなんて一番気になるだろうが。なのにそれを伝えないそいつも自分勝手って事だ。自分勝手と自分勝手が揃ったんじゃ、そりゃこじれるしかねぇよ」
「…………」
「いいか、目を逸らすな前を見ろ。真実は後ろになんかねぇんだよ」

シニカルに笑いながら、彼女は言った。
哀川さんはいつだって正々堂々と、真正面から戦ってきたから
こんな綺麗事とも取れる言葉にも説得力があるのだと思う。

弱くて嘘つきな僕は、戯言だ、と呟いて逃げ出す事しかできない。
……それじゃ駄目なのはわかっているけれど。

「くくく。悩めよ少年。じゃ、あたしはこれから仕事だから」

ばたん、と戸が締まる。
鍵をしっかりと閉め、赤い暴力が去ったのを確認して、僕はため息をついた。

「……マイペース過ぎるよな…」

あんな風に生きていれば、こんな事は悩むまでもないのだろうと今更のように思った。
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