小話

□中学生×家庭教師
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問い
両者の合意を得ずに、一般常識から外れた行為を相手に強要してしまいました。正しい対処法を答えなさい。


この問いに真っ先にくる答えは「謝罪」であると思う。
しかし、相手がそれを思い出したくないと思っていた場合、もしくは謝罪すらも拒否されてしまった場合は?

……結局、模範解答なんてない。

俺はやりかけの公民ドリル(この響きが中学生らしくて我ながら笑える)をほうり出して
仰向けに寝転がった。

「俺はどんな顔してこれからいーたんに接すればいいんだ?」

もう会わないように離れた方がいいのだろうかとか
大人相手なんだからキスくらいでごちゃごちゃ言われても困るんじゃ?とか
でも男同士だからやっぱり謝った方がいいのかとか
そんな事謝られても困るかもしれないからやっぱり離れた方がいいのかもとか
自分のしっぽを追いかける猫みたいにぐるぐると思考する。


……あいつもこんな風に悩んだのだろうか、と出夢の事を思い出す。
舞織ちゃんは「親友が恋人になるだけですよぅ」とあっさり受け入れたように見えたけれど
やっぱり悩んだ上で出した答えだったのではないかと思う。

いーたんは、俺の事をどう思ったのだろう。

気持ち悪い。変。異常。
異端。失格。欠陥。

思い浮かぶのは負のキーワードばかりで、俺は寝返りを打って枕に顔を埋める。


「やぁ人識くん、勉強は捗っているかい?」
「何だよ兄貴。俺は見ての通り真面目に勉強に勤しんでるんだ。さっさとどっか行け」
「うふふ、公民で睡眠学習は難しいと思うよ」

突然、エプロンをした兄貴が部屋に入ってきた。
とりあえず何で休日までスーツのオールバックにエプロンなんだよ変態とか、
ノックくらいしろよ変態とか
キャベツ持ったまま部屋来るなよ変態とか
突っ込むのは面倒なので割合。

「この私、零崎双識が悩める弟にアドバイスしようと颯爽と登場したというのに冷たいねぇ」
「俺の今の悩みはキャベツ持った変態が部屋に居座っている事なんだが」
「キャベツカレーは健康にいいんだぞ」
「しかもカレーかよ…」

キャベツカレーが健康にいいのは認めるが、兄貴のカレーでは健康どころではないだろう。あれは人類の食べ物ではない。手際はいいし、カレー以外はそこそこ美味なのに。

「時に人識くん。海外に行ってみる気はないかい?」
「……海外?」
「留学ってやつさ。ER3プログラムは知っているね?」

兄貴はキャベツを鋏で『ER3』という形に切りながら、笑顔で俺を見つめる。

ER3プログラム
地球上の頭脳をかき集めた組織
アメリカのヒューストン

断片的な情報が頭を過ぎる。

「……ちょっと待てよ。そんな提案をするくらいなら、そもそもどうして俺に家庭教師を付けて高校受験の勉強なんかさせたんだ?」
「急ですまない。事情が変わった、今はそうとしか言えない。もちろんある程度の範囲は被っているから、その勉強は無駄ではないよ」

まぁ公民については世界規模になるけどね、と兄貴は付け足す。
俺はドリルの上のいーたんの書き込みを見つめた。


「……大体、そんなの俺がついていけるのか?」
「私の弟はそれくらいの事はやってみせる要領の持ち主だと思うよ」
「時期的にも今更無理だろ」
「確かに向こうの新学期は9月からだからね。半年分くらいは遅れを取るだろうけど、転入試験をパスすれば問題ないさ」
「えらく適当なんだな…」
「学問をやりたいなら受け入れるスタンスだからね。もちろん試験は簡単じゃない。うふふ、考えてみてもいい提案だろう?」
「……」
「まぁ、今すぐ決めろとは言わないさ」

いつの間にか切り刻まれたキャベツはハートの形になっていた。
……きめぇ。

兄貴が部屋をでていった後、俺は再び横になる。


勉強ER3云々に興味はない。
……だけど。

脳裏に浮かぶのはいーたんの顔だった。
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