小話

□中学生×家庭教師
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「いーちゃんさぁ、もしかしてだけど、誰かと充電した?」

何の脈絡もない突然の指摘ではあったが、それだけに僕はびくりとしてしまった。
ここは友人、玖渚友の部屋だ。
幼い見た目に反比例し、コンピュータ並の頭脳の持ち主である。

エンジニアである彼女の部屋には、ワークステーションやらコードやら記憶媒体やら何やらが床の大半を占めていて歩きにくい上に、落ちているものの中には結構価値のあるデータだったりするので、移動にはちょっとしたテクニックが必要である。
そして玖渚は天才の例に漏れず生活力が皆無なため、僕は時々片付け要員やら料理担当やらでここへ呼ばれる。
相変わらず生活感のないこの空間は、流れている時間や、いつもの僕の世界を忘れさせる。

実際、その空間の主である玖渚は、時間とは別の軸を生きているような少女なのだが、その辺の説明は長くなるので省略。

僕とは長い付き合いの、愛すべき友人だ。

僕は玖渚の突然の発言に、ディスクを分類する作業を止める。

「何だよ、質問の意味がわからないぞ」
「いーちゃん、僕様ちゃんと会わない間に誰かとぎゅーってした?」
「いや充電の意味はわかるって。何でそう思った?」
「なんかねー、僕様ちゃんを充電してる時に別の事考えてる感じ。上の空っていうかさ」
「……そうか?」
「そうだよ」

即答された。
別に隠している訳ではないけれどあまりおおっぴらに言う事でもないよな…とか
それだけで他の誰かが絡んでいると感づくのは、流石、と言うべきなのかどうなのか…とか、
一瞬の思考の後に、つい昨日の事を思い出した。

……いや、何を考えている。
蘇る唇の感触を振り払おうと、乱暴に口をごしごしと擦る。

「うに?もしかしてちゅーまでしちゃった?うわきうわきー!」
「いやっ、そんなわけないだろ」

軽く同様。
目の前に座る小柄な少女は、そんな僕を見てへらっと笑って言った。

「なんてね。誰とちゅーしようと僕様ちゃんは別にいいんだよ?充電するのも片付けしてもらうのも、僕様ちゃんといーちゃんが友達だからだもんね」
「……まぁ、そうだな」

あっさりバレてるし。

いや、昨日の今日でそんな事を言われたら動揺するに決まってるじゃないか、と言い訳しておく。
……戯言だけど。

「うふふ、いちゃいちゃのラブラブだねー」
「いや……そういうのじゃないけどな」
「まぁ僕様ちゃんの事はいいけど、いーちゃんはよくないんでしょ?」
「え?」

平静を装うのでいっぱいいっぱいだった僕は、玖渚の突然の変化に少し驚いた。
玖渚は、何の表情も浮かべず、ただじっと僕を見ている。
蒼色の、透き通った大きな瞳で。

「わかるよ。いーちゃん、嘘つきだもん」
「…友?」
「いーちゃん、無関心なふりして本当はその人に夢中なんでしょ?」


無関心なふりして
その人に夢中なんでしょ?

頭の中を、同じ言葉が繰り返す。

「…まさか」
「まぁ僕様ちゃんとしてはいーちゃんが遠くに行っちゃうみたいでちょっと寂しいけどね」
「…そんな事ないさ。気にならないと言えば嘘になるけど、その程度だ」
「わかってないなぁ。僕様ちゃんに会いに来たのが何よりの証拠だよ。いーちゃんは確認しに来たんでしょう?」
「確認?」
「僕様ちゃんと一緒に居てもその人の事を思い出してしまうのか、それとも忘れられるのかって」


…それは、あながち間違っていない。
僕は昨日の事を思い出さないためにここへきた。
時間の止まった少女のもとへ。

「いーちゃんって後ろ向きがこじれにこじれて逆に前向きって性格じゃない。だから僕様ちゃんとこに来る時は大抵暇つぶしで、用件も意味もない、強いて言うなら僕様ちゃんの生存確認のためだけに来てたよね。今日みたいに確固たる目的があって来るのは、ヒューストンから帰ってきた挨拶以来じゃないかな」

当たり前のように。
玖渚は言った。

「いや…別に、今日だってただの暇つぶしさ」
「だったらいいんだけどねー」
「おいおい…」

僕は信用がないのか、と肩を落としてみせると
玖渚はにへら、と笑って言った

「だっていつものいーちゃんならあっさり切り捨ててると思うよ」
「まぁ…それは認める。正直戸惑ってるだけなんだけどね。いつのまにか僕の心に入り込んでて、それが不思議と居心地がいい。だからただ突き放す事もできなくて困ってる」
「うふふ、好きなんだね、その人のこと」
「好きっていうか…ほっとけないっていうか……」

だって男子中学生だぜ?
家庭教師と生徒だぜ?
確かにそんな事は目の前の少女には関係ないだろうけれど。

「ちゅーも嫌そうじゃなかったよ」
「それはなんていうか……向こうから不意打ちだったから」
「ふぅん、じゃ、僕様ちゃんとちゅーする?」
「……しない」
「ふふ、いーちゃんかわいい」


けらけらと笑う玖渚を見ながら
僕は思考する。

僕は彼に恋をしているのか?

特別な感情を抱いているのは認める。
一緒にいるのは心地好いし、興味もある。
でも独占したいとか性的な関係になりたいとか、そこまで積極的ではない……と思う。

……今朝の夢はまた別だ。


気持ちの整理がつかない苛立ちに
傑作だよ、と僕は呟いた。
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