うたのおはなし

□桜
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雪は解けて小さな花が付く頃。
いつのまにか付いた小さな花に心を奪われる。
「…桜の季節…か…」


…また、この季節がやってきたな…



桜の花が舞う頃に思い出すのは昔付き合っていた女性のことだ。

彼女と知り合ったのはまだ学生の時。
同じ学年になって、何となく気が合うな…と思ってよくつるむようになって。

恋にかわるのにそんなに時間はかからなかった。

彼女を知れば知るほど好きになっていた。

おとなしいが明るく、なんでもこなせる。ちょっと負けず嫌いで、子供っぽい一面も見せる、可愛らしい少女だった。





別れた理由は彼女の夢のためだった。足手纏いになりたくなくて、俺は身をひいた。
今考えると、自分の勝手なエゴな理由だったように思う。つまりは支えてあげる自信がなかった。
ガキだった。




彼女は今、
俺のことを思い出してくれているのだろうか。
彼女はもう誰か知らない人とこの新しい季節を過ごしているのだろうか。


桜は静かに美しい花を風に舞わせている。






いまでも、道行く人のなかに、彼女にそっくりな人を見かけると立ち止まり、どきりとしてしまう。彼女ににた、長い栗色の髪を見かけると心臓が跳ね上がった…別人とわかり、ホッとしながらも少しだけ淋しく思ってしまう。






彼女はいつでもあどけない笑顔で俺を向けてくれた。その笑顔はいまでも胸に焼き付いて離れない。




子供じみた約束をかわして指切りをしたのも春―桜の木の下だった。


「ずっと好きでいて…忘れないでね」
「ああ、約束だ」
彼女は生真面目な表情で俺の小指に自分の小指をからめると言った。
「約束ね。指切りげんまん嘘付いたら針千本のーますっ!」
彼女は悪戯っぽく笑い、
「わたし、しつこいからね、忘れたりしたら…覚悟しといてよ」
といって指を解いた。





桜の木の下でかわした、指切りした果たされない約束を思い出しながら、俺は一人、舞散る桜をみつめていた。


きっと完全に忘れてしまう時がくるだろう。
ただ、桜の花を目にしたなら、この空の下のどこかで、きみを愛していた男が一人いたということを、少しだけ思い出してほしい…


俺も思い出すから。


あの、きみといた季節はあまりにも綺麗すぎて忘れられない。


だから少しだけでいい。


思い出して―


…桜の花を目にしたら…。

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