VitaminX

□真壁吉仲の憂鬱A
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社長室のドアを開くと、正面のデスクに座った真壁吉仲は、私はとても不機嫌であると表情だけで訴えかけてきた。

「何かご用でしたでしょうか、吉仲様」

真壁財閥のトップしか座る事を許されない椅子に腰掛け、吉仲は、デスクに歩み寄った永田を睨みつけた。

永田には、急に呼びつけられた理由がとてもよくわかっている。

「…姫君のお世話係の件でしたら、悠里様のおっしゃる通り、吉仲様のお心遣いだけでよろしいかと」

永田が言うと、吉仲は不愉快そうに眉を寄せる。

姫君というのは、2週間前に産まれたばかりの、翼と悠里の娘の事で。

退院してすぐに、吉仲はさっそく、世話係を派遣したのだが。

悠里は丁重に、翼に至ってはかなりキッパリと、せっかく吉仲が雇った世話係を断ってきたのだ。

それは如何なる事か、というのが、吉仲の怒りの原因。

「あえて申し上げますが…吉仲様。お産まれになられたばかりのお嬢様に、10人のベビーシッターは必要ございません、と私も思います」
「何故だ。ミルクを与える者、オムツを交換する者、風呂に入れる者、着替えをさせる者、遊び相手になる者、子守歌を歌う者……数えていけば10人は必要だろう」
「……」

吉仲はマジなようなので、永田は小さく咳払いをして、丁寧に説明を始めた。

「まずは吉仲様、悠里様はご健康で、母乳の出も良好であると医師から伺っております。ミルクを与える係は必要ございません。また、オムツも着替えもお風呂も、全て母親の悠里様がなさいます。翼様も育児には積極的なご様子で、ご自分から“良いパパになるためのセミナー”に通われるなど、努力をなさっておいでです」

故に、少なくとも10人のベビーシッターは必要ない。

吉仲は面白くないようで、ふんと鼻で笑った。

「あれに何ができる? あれの不器用は並ではないぞ。お前も知っているだろう」
「…頑張っておいでですよ」

オムツを上手く交換できるようになったと、翼は自慢していた。

「あの女にしたって、育児は初めてだろう。やはりここはプロが…」
「ですから、悠里様のご実家から、悠里様のお母様が出てきて下さっています。あの悠里様をお育てになった方に任せておけば、何の問題もございません」
「……」

さすがに、そこまで徹底されてしまうと、強引にベビーシッターを押し付けるわけにいかない。
吉仲は不機嫌そうに、また、ふんと鼻で笑った。

「ちなみに吉仲様…お伺い致しますが、翼様がお小さい時、吉仲様はオムツを交換されたりは?」
「誰がするか!」
「……では、翼様のお世話係の人数は…?」
「20人ほどだったか…あれは手がかかる子供だったからな」
「……」
「何だ」
「いいえ何も」

永田はもはや何も言わず、スルースキルを発動させた。
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