他の話

□彼の本質とは
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世の中には何故か間が悪い人間が一定数いる。
繰り返される行き違い、他人の不幸、決定的な瞬間の目撃、etc……。
その間というものは様々ではあるがどうやら俺も立派なそのひとりらしい。
今まで幾度もよろしくない現場に居合わせた。
ウィズとガブリエルの殺り合い。
オリジナルとの交戦後だったか、殺気立ったダークメタナイト。
あのオレンジに邪な感情を持って近づくウィズ。
その他些細な出来事も含めれば幾らでも挙がる。
どれもこれも、内面、本来他人に晒すべきではない個々の本質にぶち当たる事が殆ど。
そしてあの馬鹿。
「(何なんだよ、アレは)」
この体質のお陰でネタには尽きないがやはり良いものではない事には変わりはない。
深淵をなんとやらとはよく言ったものだ。
アレはおそらく、触れてはいけない。
ムーンライトマンションの、ここは、どこだ。
薄暗い……地下の方だろうか。
窓ひとつない金属製の無機質な廊下を、俺らしくもない。
見た事もない設備に見向きもせず。そんな余裕など少しもなかった。
焦燥とも認められない、歩調は普段と変わらず気持ちばかりが外を向く。
はやくこの迷宮から抜け出したかった。
横切るだけのつもりが……。
迷い込んだ自分の軽率な考え方を改めるには遅い。

一度目は、そう。
随分と昔。オレンジが力の差を見せつけこの国を統治し始めた頃だ。
当時の俺は、あの馬鹿の表面すらよく知らずただただ違和感だけを感じ取っていた。
その時だって偶然だった。誰もいないセントラルサークルのはずれ(チュートリアルステージと言った方が分かりやすいか)にたまたま辿り着いただけ。
望んでもいない一面。あれは。
あいつ、馬鹿、キングゴーレムが、ダークマインドに跪き手のひらに口付けを落とす場面。
ゆるい光……。
逆光が、綺麗だった。
割れ物に触れるように白い手を取る柔らかな手つき、丁寧に口を開き言葉を発したであろう後の短い微笑みも。
整った横顔の、遠い夢を見る恋慕に満ちた視線に、その長い睫毛も。
それなりに距離はあったはずなのにどうしてかやけにくっきりと目に映った。
今でも鮮明に思い出せる。
宗教画を彷彿とさせるその光景。
あいつに対し濃度の高い気持ち悪さを覚えたのはそれが初めてだったと思う。
その沼から感じていた違和感の正体は底無しなのだとここで気がついた。
あれ以来、あいつのオレンジを慕うようなそぶりは一切見ない。
あの繊細で艶やかなさまも同じく。今の馬鹿からは同一人物だったのかと疑うほどだ。

ヒントが与えられるほど複雑化してゆく。
影が増え、答えは遠のく。

そして今回だ。
たとえ、あいつ、彼が、気を失った下の種族を抱え、こんないかにもな場所を歩いていようが興味を示すべきじゃなかった。
「ウィズだったら……」
「ウィズだったら、何だ?」
何でもない、納得する。あのガキはそういうものを好む奴だ。
翌日にでもからかうネタのひとつとして––––。
して、……あ?
今の問いかけは俺ではない。俺なんかよりもっと低い、低い。
その声は背後から俺の身体を障害ともせずすとんと貫通する。
「こんな所でどうした、モーリィ。迷ったのか?」
驚きや焦りも過ぎ去った果て何もかも冷めて見えた。動悸もなく、凍りつきすらしなかった。
だが確かに混乱はしていた。
「まあ、そんなところだ」
きっと気怠げに振り向けた。
彼は客人を迎え入れる時の自然に張り付いた喜色を晒して俺の背後に立っていた。
耳のよく利く俺が、よりによって彼の足音を聞き逃すことがあるだろうか。
「ウィズだったら」
「さっきからウィズがどうしたんだ」
まだ納得できる。あのガキはそういうのが得意だ。
だが目の前に立つのはその類の器用さを持つ人間ではなかったはず。
「いや、ウィズだったら迷わなかったんじゃねえか、と」
混乱を自覚したのはここだ。我ながら下手くそな返しをするものだと、笑えない。
流石に一連の不自然さに気がついたらしい。
彼は心配する様子で俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?今日のモーリィは変だ。反応も鈍い。体調でも悪いのか」
眉を下げ、情けない表情で顔色を伺ってくる。
これが演技ならどんなに楽か。
「かもな。ここがどこなのかも全く分かんねえ」
こんな状況でなければここで蹴りでも入れていただろうが。今は話を合わせるのに精一杯だった。
何も読み取れない真っ黒な瞳を見ないように視線をずらす。
「なんだかうわのそらのようだ」
誰のせいだと。
「心配してくれんのなら案内もしてくれよ」
これを聞くなり、ころりと彼の表情は元の笑顔に。
俺の身長に合わせて少し屈ませていた姿勢は、よく見る自信に溢れた立ち姿に戻る。
腹が立ってきた。
「勿論、そのつもりだ。レインボールートでいいか?」
「ああ」
もうなんだっていい。この場所、彼のテリトリーから離れられるならご本人さまに連れられようが構わなかった。
この時の俺は本当に体調が悪かったのかもしれない。
俺に気を遣ってかややゆっくりとした歩調で先導する彼の後について行く。
足音は以前と変わらず誠実だった。
「モーリィ、最近は……」
「喋んな。頭に響く」
「そうか、それはすまない」
これ以上ボロを出したくはなかった。
それに、頭が痛いのはうそではない。
鏡をくぐるたび、景色が少しずつ見覚えるあるものに変わってゆくせいか気が緩んでいた。
身体がだるい。
「ここからは分かるな?」
「そうだな、助かった」
足を止めた彼の横を通り過ぎ、見送る視線を背中にふらふらとワープミラーへ向かう。
「本当に大丈夫か?」
しつこい。
「モーリィ」
なんだその慈愛に満ちた声は。その声は……。
「何か隠していないか」
今度こそ、心臓が凍りついた。
どの口が言うか。どうして今それを言うんだ。クソッ。
「あ?」
適当に悪態でも吐いて去ればいいのに、吸い寄せられるように俺の目線は背後の彼に行き着いた。
全くの同一ではないものの、いつかの記憶に近い、憂いを含んだ儚げな表情が俺に向けられている。
寒気がした。
「思違いならいい。だが、もし、何かあるのならば一人で抱えるのはよくない。だから––––」
先程からのその優しい声は、地下の、彼を追った先の部屋で、下の種族に投げかけていたものと同じ。
「抱えるような事なんてねえよ。仮にあったとしてぶちまけるならてめーは絶対にあり得ねえ」
二度とその踏み込んだ感情を俺に向けるな、と吐き捨て鏡に触れた。
「……タイミングが悪いものだな」
何を指したタイミングなのかなんて知らない。
俺は、何も聞いていない。

これらの出来事の後、半ば八つ当たり気味な愚痴を吐きにマスタードマウンテンへ足を運んだ。
その時たまたまクラッコが不機嫌だったのも、脳天に雷を落とされたのもきっと間が悪いせいだろう。
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