他の話

□彼の本質とは
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……
俺たちに親というものが居たのならこういった声色で諭される事もあったのだろうと思った。
偶然だった。またま迷い込んだ先で人を抱えた彼を見てしまった。だけ。
地下の例の部屋で覗き見た光景は。
淡い光が……。
逆光が、不気味で、綺麗だった。
見知らぬ男の呻き声に混じった、親が子を慈しむような彼の声、頬を撫でる柔らかな手つき。
何もかもを赦そうと言わんばかりのあたたかい笑み。
それに不釣合いな、無造作に置かれた道具。地味ではあるが残虐であろう行為。
ぽたり、ぽたり、と一定の間隔で血の滴る音と僅かに鎖が鳴る音が聞こえる。
しっかりと記憶に焼き付いてしまった。
見たくもないスプラッタを見せられているのに、目が離せない。
彼にここまで惹かれたのはこれが初めてだ。
ただの底無しだと思っていた沼は、もっと、たちの悪い。
深淵をなんとやらとはよく言ったものだ。本当に。
あの優しさが演技であればどんなに楽か。
彼が片手に持っていた器具を落とした鋭い金属音で我に返り、そっとその場を離れた。
物音は立てていなかったはずだ。
あれから、俺はこの件について一切言及していない。
彼からの動きも何一つない。あの表情も。
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