Night&Knight−夜と騎士−

第十五話
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『さぁ、ドレスアップしましょう? 素敵な魔法を貴女に――このルージュで貴方色に染めてあげる』


「このキャッチフレーズで売り出す新商品がこのルージュなの」

「……はぁ」

「この桜色のドレスに身を包んでこのルージュを塗って振り返った瞬間に写真を一枚撮らせてくれるだけでいいの。お願いっ柚璃ちゃん!」

「お断りします」

「……えぇ!?」

「ふふ、残念だったわね祈ちゃん」

「……濃姫さんのいじわる」



 ステージにあるグランドピアノの椅子に腰掛けていた柚璃は目の前の人物の熱い視線を受けていた。

 その熱い視線を送る張本人は先日出会ったデザイナーと名乗る女性、雨宮祈。

 鍵盤を叩きながら音を奏でる柚璃は先ほどから祈のしつこいぐらいのお願いに辟易していた。

 それは、初めて出会った時からモデルをして欲しいという所謂スカウトというやつだ。


「ねぇ、柚璃ちゃん。本当にモデルに興味ない?」

「ありません」


 先ほどからこのやりとりの繰り返しなのだ。

 開店前のクラブでピアノの練習をしていた柚璃に祈はくらいつくが、彼女は決して縦に首を振らない。

 そんな二人の様子をオーナーである濃姫は面白いモノを見るように先ほどから見物している。


 彼女の奏でる音は素晴らしく、訊いていて本当に心地が良い。鍵盤を叩くたびに弾む音がまるで生きているかのように錯覚を起こしてしまう。それほどに柚璃のピアニストとしての腕は高いということだろう。


 だが、それ以上に祈には彼女のピアノを弾くその容姿に魅了されたのだ。

 絹のような金糸の髪がスポットライトに照らされて輝き、白い肌が際立つ。

 一つ一つの仕草が様になる彼女を自身のデザインしたドレスでコーディネイトしたいと思ったのだ。

 丁度、新製品のルージュのCM用のドレスを依頼されていたところだったので、柚璃を見た瞬間に彼女しかいないと思ったらしい。

 街中で出会って以来、祈は毎日のように『帰蝶』に訪れては柚璃をスカウトし続けている。

 濃姫も何を思ったのか祈を追い出すこともせずに彼女の好きなようにさせているところをみるに、柚璃がモデルをすることに反対ではないらしい。



「……あの、何度も言いますが私はモデルを引き受けるつもりはありませんので」


 鍵盤を叩いていた手を止めて、息を吐いた柚璃は祈に向かってきちんと断る。

 しかし、祈に諦めるという言葉はない模様で。


「貴女しかいないのよ! わたしのイメージにあう子は!」


 と言って訊かない。

 モデルを引き受けるつもりはないと何度も言っても彼女は諦めてくれない。はじめは遠回しで断っていたが、この人は決して諦めようとはしなかった。下手に断るのならばこの際きっぱりと言った方がいいだろうと思い、面と向かって言ったにも関わらずこれだ。

 濃姫も濃姫で止めようともしないで傍観を決め込んでいるから余計に性質が悪い。


 柚璃は濃姫を一瞥するが、彼女はにこにことその光景を楽しそうに眺めているだけだ。

 彼女もわかっているはずだ。自分の存在が公になれば、確実に家に連れ戻されることになるのだからCMのモデルを引き受けようものなら見つけてくださいと言っているようなもの。

 それに気付かないわけがない。

 それなのに、彼女の好きなようにさせている理由は何か。

 ため息を吐いた柚璃に濃姫は苦笑する。


「祈ちゃん、きっとこれ以上は無理ね」


 ようやく濃姫の口が開き、柚璃はホッと息を吐いた。

 だが、祈はまだまだ諦めきれないようで眉を寄せている。





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