有栖川文学

□空
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『金色の』



いつもの帰り道の街道筋にある。


そこは、ひどくベロベロした人が集まる場所でした。



日に焼けて、ぼろりと擦りきれた布が下がり、縦格子にギヤマンが嵌まった木製の引戸のついた入り口。その両脇にはなにやら俵の様なモノがどしりと積んであります。中からはいつもベロベロした人の楽しそうな話し声が聴こえます。私はいつもは神経質にハタハタと急ぎ通りすがるのでしたが、ずっと気にはなっていて、ですがついにひょんな事から中に入る事になりました。

その日も私は相も変わらず神経質にハタハタと通りすがろうとすると、いつも通りの沢山のベロベロした人の楽しそうな声が聞こえます。私は(きっととても楽しいトコロに違いない。美味しい黄金色の飴なんかは山積みだろう。)などと思いながら、チラリと入り口を見やるとほんの三寸ほど引戸が開いているのに気付きました。三寸もあれば私の身体はスルリと間をすり抜け、中に入れます。溢れる興奮を抑えきれずに気付いたら私はチッチと入り口からチッチと入っていました。
左側には畳の上を三つに区切り、各仕切られた中にちゃぶ台が置いてあります。小さな子供がわいのわいのとしておりますが、それは独りでした。その子供は独りでした。
右には椅子がズラリと並び、沢山のベロベロした人がその椅子に座り、腰壁一つ隔てた向こう側の人と何やら自転車や自動二輪の話しをしています。
私はチッチと突き当たりまで行き、左側の空いてる畳の上に乗りました。すると腰壁の向こうからスタリとおばさんが来て黄金色の飴をくれるのかと思いきや、私は黄金色の飴が欲しかったのですが、黄金色の飲み物を教えてくれました。
私は教えてもらった黄金色の飲み物を(少しは甘くても良いだろうに、しかしこの黄金色ときたら苦いものだな)と思い、少し残しておきました。
あまりに良い調子の私は、これなら他の仲間に教えてあげなくてはならないと、心様としゅりんがんを呼び寄せる事にして、先程から向かいに置いてある「みどりきいろ」の渋柿を隣に移しました。

心様は地方の有力者でとてもお腹が固く、ちょっとやそっとでは突き破れませんし、私の様なチイサナ鳥は一口で食べてしまいます。しゅりんがんは心様の友人で色々な所に顔を出す仕事をしていて、むかしは私と同じ鳥でした。


暫くすると心様としゅりんがんがやってきて、心様は『なぁ、やはり黄金色ときたら苦いだろう。なぁ。』と言い。しゅりんがんは『それはそうだ、あっちの黄金色の飴の様にはいかないさ。』と言いました。私は『まぁそんな所に突っ立っておいでないで、こちらでマガルビンでも召し上がりなさいな。』と、二人を畳の上に乗せました。二人は声を揃えて『ごちそうさまでした』と言いました。その時隣の渋柿ときたら「みどりきいろ」の顔でぐにゃりと笑い、たちまち橙色になりました。


すると腰壁の所でベロベロしている人の中から、一人飛び出してイヤに耳障りなデカイ声でこう言いました『そちらには綺麗な女が居なさるが、皆の衆はどうだろうか』皆の衆は口々に『綺麗な女だ』『あぁ真ん中にある出っ張りが取っ手になる』『子供も居るしね』などと言い、女は普通にコロコロと笑いました。私は内心(綺麗な女だが弁当箱を思い出すなぁ。あの銀色でライスがたっぷりと入る弁当箱、ドコへ仕舞いこんだかなぁ。それにしてもアノやたらとデカイ声の奴は歯が黒いし走るのが遅そうだなぁ)と思いました。
弁当箱の女は中々にコロコロと気さくで、串を持って子供に腹の満たし方を教えており、青い子供と薄桃色の子供はしきりに頷いていました。私はその串が揺れる度にハラハラするのでした。
きっと何かが貫いてあったろう串ですから。

『間もなく竹縄ですから。竹縄ですから。』と、腰壁の向こうのおばさんが来まして、続いて三角の帽子がよく似合うおじさんが私に言ったのは『あなたみたいにチッチとしている人は、自転車か自動二輪に跨がると誰かに似てるかもしれない。』と笑いました。私は『ありがとうございました』と言い、おじさんは、三角の帽子がよく似合うおじさんは『こちらこそ毎度』とまた笑いました。
チラリと畳の上を見ると、心様としゅりんがんはマガルビンと黄金色の飲み物を空にして、ベロベロしはじめていますし、渋柿は橙色になったきり綺麗な女を見ていました。
そろそろ頃合いだなと思った私は、金銀財宝の在処を示した地図を三角の帽子が似合うおじさんに渡し、チッチと出ようとしました。その頃になれば腰壁の椅子に腰掛けてベロベロしていた人も僅かになり、独りで畳に居た子供は二人に増えたり三人に増えたりして、綺麗な女はぷりぷりしながら私を追い抜いて、ぷりぷりしながら帰って行きました。心様としゅりんがんはぼやぼやしながら帰りました。

いったいぜんたい

とてもウズウズする筈の体験は私に銀色の弁当箱を捜させる動機になり、黄金色の飴を積み上げてあると思ったのに、黄金色の苦い思いを残して終わりました。
銀色の弁当箱は春になったら使えば良いと思いました。


その頃までにはベロベロした人の集まりも、もっと楽しく思えるに違いないと思いながら。


そしていつもの帰り道をまた神経質に急ぐのでした。
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