*treasure*

□聞こえない5月の日
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2人きりになった今も、ジローは袖で涙を拭っている。
ブン太は自分のやってしまったことに若干冷や汗をかきながら、ジローの正面に立ち濡れた頬に指を当てる。が、ばちんと音を立てて弾かれた。血の気が引く。ジローにあらゆる面で拒否をされたのは初めてだった。




「何しにきたの…」


「な、何って、」


「用がないなら、帰ってよ」




強気な物言いなのに、ジローはブン太と目を合わさないようにしながら目の前に立つブン太を押し退けようとする。
なんで、俺こんな必死なんだろ。こういうとほんと苦手なのに。
体を押す手首を掴んで、そのまま泣き顔に顔を近付ける。嫌そうに顔を背けるのを右手でこちらへ向き直させた。




「なぁ、"丸井くん"てなに」


「なに、て」


「もう名前で呼んでくんねぇの?」




やめてよ、とジローがまた離れようとする。逃げられないように力を強めながら、情けない姿を見られないように肩に顔を押し付けた。




「ごめん」


「……」


「ほんとごめん。勢いに任せた言葉言った」


「…じゃあ、本心なんじゃないの」

「あぁ言ったら、ジロー謝ってくるかなって思ったんだよ。俺馬鹿だからさ、自分から折れたくなかったんだよ。だから、」


「いいよもう。分かってる。俺自分が執着しすぎなの、分かってるんだ。そういうの嫌いなの知ってるのに、すぐ束縛しようとしちゃうんだよ」


「いいって。束縛してよ。確かに縛られんのって嫌いだけど、俺、ジローいないと無理」


「…何それ」




はは、と馬鹿にしたようにジローが笑った。張り詰めていた空気が緩やかになる。
ほっとして、ブン太は確かめるようにジローを抱き締める。子供みたいだ、とブン太は思う。一言言えばジローはきっと許してくれるのに、意地張って、相手が折れて連絡してくるの待って。
結局来ないことが分かって自分が謝りに行くんだ。それまでの時間がとても無駄だったことに気付く。




「でもごめん。今回は俺がほんとに悪かったと思うよ」


「言うな。ジローが折れたらまた俺甘えるから」


「別にいいのに」


「良くねーよ。またこんなことになったら、もう俺熱出して寝込んじまうかも…」





ほんと俺って馬鹿かも。優しく頭を撫でる手のひらに愛を感じながら思った。
短時間では出ない赤みと、ジローには有り得ない目の下にできた隈に気付いて、胸がぎゅっと締め付けられる。


子供じゃねーんだから、ほんと成長しないとなぁ、俺。てか、さっさと謝りに来てれば、あんなに仁王に馬鹿にされたり日吉にも見下されたりなんてしなかったのに…!
高すぎる自分のプライドに、思わずまた溜め息が漏れる。頭の中では仁王と赤也がブン太を指差して笑っていた。




「ブンちゃん」


「んー?」


「俺もね、駄目かと思ったよ。だから、もう別れるとかなしだからね」


「…ハイ。」


我が儘を言う子供を宥めるような言い方。
やっぱり子供なのはブン太の方らしい。

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