*treasure*
□聞こえない5月の日
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喧嘩をすることがあまりなかったのは、もめそうになった瞬間芥川が折れるからだ。
恋人のいざこざの原因なんて、大半が浮気かどうでもいい意見の食い違いだ。もしくは醜い嫉妬。
ジローの嫉妬は醜くはないけれど、なぜか普通以上に鬱陶しい。それは仁王も知っていた。
だがそういう類のことに無頓着そうに見えるジローが異常なまでに執着する理由も知っている。
さっきも言った通り、ブン太は誰よりも飽きが早かった。だからブン太は彼女がいても告白してくる女がいたら気軽に了承して、三股四股なんて日常茶飯事だったのだ。
更に悪いことにブン太はそれを隠そうとしないからすぐに終わりがくる。
1ヶ月に1回はどちらかの頬を赤くしていて、よく仁王と切原で馬鹿にしたものだ。まさかそんなブン太に本気になる相手が現れるとは思わなかったけれど。
よく笑いよく怒るブン太だが、沈むことはほとんどない。ほとんどのことは相手が悪いと決め込むからだ。そして相手はブン太の性格を知ってるから大人になって謝ってくる。
だが今回別れを持ち出したのはブン太だ。ジローが謝ってこれるわけがない。
「うだうだ言ってないで、さっさと芥川に謝ればえぇじゃろ」
「何て謝んだよ。酷いこと言ってごめんなさいってか?」
「分かっとるんじゃったら早よ行きんしゃい」
「………、やだよ!何で俺が!」
「ブンちゃん大切なこと一個忘れとんのぉ。あっちには跡部がおるんよ?」
うずくまった体がぴくんと反応を示す。
なんで俺が2人の間取り繕わなあかんのやろ、と内心面倒に思いながら仁王は続ける。
「今頃かわいーく落ち込んでる芥川慰めて、震える背中に手を伸ばし抱き寄せながら、『あいつなんか忘れちまえよ…』と耳元で囁いてそのまま誰もいない部室の中ソファーにゆっくりと押し倒し、」
「だあぁぁーっ!うっさいな黙れよ馬鹿!大体お前の発想はいちいち淫猥なんだよ!何で即効押し倒してんだよ!」
「それが嫌ならさっさと無駄に高いプライド捨てて謝りに行ってきんしゃい」
「あぁもう分かったよ!行きゃいいんだろ!?放課後にでも行ってくるからどっか行け変態!」
「はいはい。我が儘王子の仰る通りに」
半笑いで丁寧なお辞儀をして、仁王は口笛を吹きながら校内へと歩いていった。
あいつ、絶対馬鹿にしてやがる…。からかわれたことに気付き苛々とガムを音を立てて噛みながら、ブン太も仁王と同じ方向へと歩き出した。
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