Veronica.

□**
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静まり返った屋敷の中、使い慣れた杖をゆっくりとローブに仕舞った。
辺りを見渡し、すぐ傍にあった椅子に座る。

目を閉じて、息を吐く。
静寂に満ちた良い夜だ。
ここ数日中にあった出来事を回想するにはうってつけの時間だと言えた。
…ああ、そうだ。
まずはあの日のことを。


***

これほどまでに他人に対して怒ったことがあっただろうか。
自分よりも小さな彼女を、貴族のプライドや礼儀なんてかなぐり捨ててはしたなく怒鳴る。
***様は言い訳も反論もしない。
ただ、本当に申し訳なさそうに謝るから。
僕は何も言えなくなってしまう。

***様は狡い。
一言、一言でもいいから、拒絶してくれたなら。
“おまえには関係ない”と突き放してくれたなら、僕が僕でなくなることはなかったのに。


「ただいま戻りました。…迷惑をおかけしてすみませんでした」


あれほど探して、それでも見つからなくて。
それならいっそのこと、全て忘れてどこかで幸せに生きてくれれば。
そう諦めに似た気持ちが芽生え始めた頃、***様は帰ってきた。

***様は何一つ、失踪前と変わってはいなかった。
怪我もないし、やつれてもいない。
無事な姿に安堵して、もう泣いてはいないことに胸をなで下ろし、次に感じたのは自分でも制しきれない程の怒り。
捜索に費やした労力のことではない。
アブラクサス先輩より先に見つけられなかったとか、そんな子供じみたことでもない。
ただ、***様が目の前にいることが。

…どうしようもなく嬉しくて、途方もなく悲しかった。


執事の真似事やお使い程度の任務以外も任されるようになって、学生の時には見えなかったものも見えてきた。
想像以上に残酷な現実。
分かっていたつもりでしかなかった我が君の冷酷さ。
いつしか血まみれになっていた自分の手。

逃げられるとは思わない。
逃げたいとも思わない。
どんなに恐怖を抱こうが、我が君の闇に惹かれて僕はここにいる。
あの方の力になりたい。
あの方の作る世界を見たい。
それは紛れもなく自分で選んだ道。

だが、***様は?

憶測にすぎないけれど、彼女は人を殺したことなどないに違いない。
情報を吐かせるために禁じられた呪文を使ったことも、消えゆく命を見殺しにしたこともないだろう。
闇の中にあって清らかだった彼女が、この先もずっとそうである確証は皆無。

傷付けたくない。
もう二度と、泣いている姿を見たくはない。
だから、


「お嬢様は…後悔しないのですか」


気付けば、そんな言葉を口にしていた。
***様が少し驚いたように顔を上げる。
突然の問いに戸惑っているのか、返ってきたのはしばらくの沈黙。
そして、


***
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