短編

□あなたと過ごす放課後
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 窓際の後から二番目。彼――日吉くんはそこに座っている。
 休み時間やホームルーム前にも、彼はあまり席を立つことなく、本を読んでいる。
 前回の席替えで彼が私の前に来てからというもの、気になってしまって仕方がない。

「? ……何だよ」

 背後から覗き込んでいる私の視線に気付くと、彼はバッと振り向いた。
 精悍な顔立ちに、艶のある前髪がサラっと揺れて、思わずその美しさに心臓が高鳴るのを感じる。

「みてた。毎回“なに読んでるの?”って聞かれるの、面倒くさそうだから」
「だからって、勝手に覗き込むなよ」

 彼は読みかけの本に指を挟んで、閉じた。
 その姿勢から察するに、少しなら、話をしてもいいと言うことだろうか。

「ごめん。いつも黙々と読んでるから面白いのかなって思って」
「……まあな」

 私の問いかけに、彼は少し怖い顔をして答える。

「図書室で借りたの?」
「いや、今日のは買ったやつだ」
「そうなんだ。良かったら今度貸してよ」
「ん……まだ、読み終わっていないから――」

『うちに来て、読んだらいい』

 ――そう言われるがままに、放課後。私は彼の家まで付いてきてしまった。
 彼の家に上がると、二階に上がり、彼の部屋まで案内される。
 そこで座ったらいい、と座布団を置かれ、大人しくそこへ座った。

 それから、彼は先日の本をテーブルに置いて部屋をあとにした。
 階段を下りる音が聞こえる。
 とりあえず本を読んで待っていようと、テーブルに置かれた本を開いた。




「そんなに簡単に、男の家にあがるなよな」

 彼の自室に一人きりで放置され、戻ってきたと思いきや、この言い様である。
 私はプロローグをちょうど読み終えたところで、本に指を当て顔を上げる。
 どうやら彼はお菓子とお茶を持ってきてくれていたようだ。

「日吉くんじゃん、うちに来いって言ったの」
「そうだけど。ほら」
「あ、ありがとう」

 彼がテーブルに飲み物を置く。湯飲みからは湯気が立ち上っている。
 私はすぐには口をつけずに、少しだけ自分の近くに寄せた。

「もう読んでるのか」
「うん。日吉くん何にも言わないでどっか行っちゃったから、読ませてもらってた」
「悪かったな」

 彼は自分のベッドに腰を下ろすと、私の読んでいる本を後ろから覗き見る。
 正直気が散る。私も彼に同じことをしていたのかと思うと、申し訳なくなる。
 私は本に指を挟み、閉じて彼のほうを見やった。

「先週は違う本読んでたよね。これ、分厚さが違う」
「そこまで見てたのか」
「後の席ですから」
「にしても、見すぎだろ」
「え? そ、そうかな?」
「視線が刺さってんだよ。そんなに俺のことが気になるか?」
「うーん、ごめん。日吉くん、あまり喋るほうじゃないから、気になってはいるかな」
「割とお前とは会話している方だと思ってたんだが」
「そうなんだ?」
「あぁ」

 彼の家に本を読みに来たということを思い出し、再び本を開く。
 冒頭が過ぎ、物語の登場人物が登場してくる。学校内で起こる、七不思議事件についての話だった。
 主要の人物たちが、七不思議を一つずつ紹介していく。
 夜中に聞こえるピアノ、動き回る標本、――等々。

「こういう本、面白いけど背筋がゾクゾクするね」
「こわいか?」
「……そういうときだけ楽しそうな顔するよね、日吉くん」
「話を逸らしたな」
「とりあえず一人にしないで」
「怖いのか」
「うん」

 彼はニィっと笑う。
 彼のほうが怖いかも、と思うと幾分か本の物語がフィクションだとしたらまだ怖くないと思った。
 ここまで読んで手を止めるのも躊躇うので、再び目で文字を追い始めた。

 しばらく読み進めていると、しおりの挟まったページが近づいてきた。
 そこで彼の顔が、私に少し近づく。

「あー、そこから先は、まだ読むな」
「何、自分が読んでないから?」
「まあ、そんな感じだ」
「?」

 別のしおりを本に挟むと、彼は私の後ろから本をパタリと閉じ、勉強机のほうに置いた。
 丁度これから謎を解き明かしていく、というところで終わってしまったので、非常に続きが気になる。

「続きはまた今度、家に来て読めばいい」
「また来ていいの?」
「お前が嫌じゃなければな」
「じゃあ、また来るよ」
「だから『そんなに簡単に、男の家にあがるな』って言っただろ?」

 そうバカ正直に答えると、彼が笑う。
 ちょっとむかつく。むかつくけど、彼は人をからかうのが好きなんだろうな。
 来ていいのかダメなのか、どっちだよ――と言いたい気持ちを抑え、だったらこちらからもちょっと挑発してみてもいいかなって思

う。

「うーん……まあ、日吉くんならいいかなって」
「どういうことだよ」
「そういうこと」
「そういうことって何だよ」
「日吉くんにだったら……、何されてもいいかなって」

 私も、彼がしたようにニヤッとしながら、言う。
 彼もそれに応えるように、ニィっと笑って顔を近づける。

「言ったな?」
「え、何するつもり?」
「何もしないさ。まだ」
「まだ……?」

 これからどんな意地悪をされるのか。ちょっと嫌だけど、少し期待もしてしまっている。

 夕日が沈み始めている。
 今日はこれ以上本も読ませてもらえないし、そろそろ帰宅を始めたほうがいいだろうかと用意してくれたお茶をいただく。
 少し時間が経っているので、ぬるかった。

「そろそろ帰るか?」
「そうだね。お茶、ありがとう」
「どういたしまして」

 立ち上がり、ふと彼の勉強机にあるメガネが視界に入った。
 私はそれを指差して、彼に尋ねる。

「このメガネ、度入ってるの?」
「あぁ、家ではメガネだ」
「なんで今メガネじゃないの」
「お前を送っていくからだよ」
「ふうん。あ、送ってくれるんだ? ありがとう」
「一人は危ないからな」

 部屋を出て階段を下り、玄関へと向かう。
 そこで二人で靴を履いて、外へ出た。

「家はどっちだ?」
「ここからそんなに遠くないよ」
「へえ」

 彼と並んで歩く帰り道。やっと日が落ちるのが遅くなってきた季節。
 もうすぐブレザーが必要なくなるかなと思える時期だった。
 彼は私の歩くペースに合わせて横を歩く。ふと彼の顔をチラリと見ると、彼は煩わしそうな顔をした。

「何だよ」
「今度、メガネ掛けて見せてよ」
「お前が泊まりにでもきたらな」
「それなら今度、泊まってもいい?」
「あのなぁ……本当に何が起こってもしらないぞ?」

 きっと彼は他人のことが嫌いだったら、会話どころか、目も合わせてくれないだろう。
 泊まる泊まらないは冗談にしろ、少なくとも私のことは嫌いではないと私は思う。
 何はともあれ、私の家まで着々と近づいてきた。もうすぐさよならをしなくてはならない。

「うーん、とりあえず、また今度本の続き読みに行くね。今日は楽しかった」
「あぁ、また来いよ」

 私はぴたりと歩くのをやめ、自宅の前で止まった。彼も歩みを止め、家の表札に目をやった。

「着いちゃった」
「あぁ。本当に近かったんだな」
「送ってくれてありがとう。おやすみ。また明日」
「じゃあな、また明日」

 こう他愛の無い会話を交わして、私は家に帰宅した。
 多分私は、また来週も彼の家に足を運ぶのだろう。
 本の続きと、他愛の無い話を楽しみに。

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